山形県・秋田県にまたがる月山・鳥海山のツアー記録。 山岳信仰の聖地であるこの地域は、私から遠い
存在であったが、今回の訪問で身近なものに感じられ、同時に日本人の心に触れたような気がした。

(2015年8月5日制作、2019年9月5日一部追加)

   拡大法
 写真は実写によるものです。このバックの写真も鳥海山の実写です  


 

 2015年7月24日~26日の3日間、今回も家内に誘われて「憧れの・5つ星の宿・萬国屋泊、 雲上の楽園・月山」、神秘の森・鳥海山」ゆっくりじっくり3日間」という長いタイトルのついた阪急交通社のツアーに参加した。高級旅館に泊まるからだろうか、約7万円と少々お高い。昨年は白神山系のブナ林などを体験したが、今回は月山の弥陀ヶ原湿原 、鳥海山のブナ巨大木「あがりこ大王」や獅子ヶ鼻湿原の鳥海まりもなどの自然景観が豊富なので期待が高まる。今回の旅行に備えて 携帯三脚(アマゾン)レンズホルダー などの機材を追加購入した。

 今回のツアーでは、地元のガイドがつき、説明が無線機で聞ける通信機も貸与されたのが非常に良かったと思う。ガイドの説明は懇切丁寧で要領を得ており、聞き漏らすこともない。今まで知らなかったことを多くが吸収できたことは、今回のツアーの最大の成果であろう。

 いつものように、ネットで事前調査をした。旅行社の旅程をもとにルートを予想し、googleマップでルート図を作った
(上のズーム写真)
 宿泊するホテルや今回訪問する寺社のホームページ、そして湿原やあがりこ大王の情報、所属市町村の公式ホームページなどできるだけ調べた。

 この事前調査は実際の旅行と同じくらい楽しめる。調べてゆくと、これから出掛ける先への期待や興味が否が応でも高まってくる。ネットで見る写真は、天候や季節など、最も条件の良い時に撮影されていることが多いので、美しいものが多い。 「旅行先についての知識や理解の程度に比例して旅の楽しさや充実度が高まる」と言われるが同感。

これらの情報をある程度把握したところで、今回のツアーで期待する点を以下まとめてみた。

羽黒山の国宝「五重塔」の実物を見たい。
月山・弥陀ヶ原湿原 の高山植物を堪能しながら散策をしたい。
「上がりこ大王」を訪問して生体エネルギーを貰って英気を養いたい。そしてその勇姿を自分のカメラに収めておきたい。
獅子ヶ鼻湿原のコケを撮影したい。
「元滝」に接して写真を撮りたい。
象潟の現地を訪問して、芭蕉の句を思い出しながら海だった昔を偲びたい。できれば、鳥海山をバックにした久十九島の松林を撮影したい。
現地の料理を堪能したい。

 さて、実際の旅行はどうなったか・・・
 
7月24日
第1日

東京駅 山形新幹線ホーム

 東京駅の山形新幹線 8:08発、つばさ127号の乗車待ちのひととき。定刻に出発。

 早朝5時起床、千葉駅を6時過ぎに出発なので朝食抜き、今回のツアーも昼食がつかないため、いつもの通り、東京駅中央通路にある駅弁専門店「駅弁屋 祭」で朝飯・昼食用の2食分の駅弁を調達した。

 一応チェックしてみたが、駅弁ランキング 全国1位、米沢牛を使った「牛肉どまん中」は残念ながらやはり置いてない。東京では作っておらず、「米沢からの作りたてを食べてもらう」というのが同社の方針のようだからやむを得ない。


 その代わり、帰路の新幹線内の夕食には「牛肉どまん中」をしっかり頂いた。

山形駅
 山形駅に定刻に到着、直ちに今回3日間お世話になるバスに乗車した。空気ばねの高級なバスだった。今回の参加者は総勢29名、意外に少ない。したがって車内の席数には余裕がある。
 

 参加者の年齢は概ね熟年に達した方々で、皆さん上品な方々ばかりである。3日間、一緒に行動するわけだからどのような参加者かは常に気になるところ。席は毎日入れ替わる。私たち夫婦には、初日は前から2番目が割り当てられた。

 バスは一気に湯殿山・大日坊 に向かう。山形市内の天気は曇りである。ツアーでは、毎回、「シートベルトは必ずつけよ」とかの説明があるが、少し改善されこれがビデオになった。飛行機の酸素マスクの使い方などのビデオ並みになったというわけである。

 ガイドさんは山形出身で声がよく通るベテランである。阪急旅行社の添乗員さんは、前日の電話での案内をしてくれた方で、東京駅から一緒に乗車。添乗員さんとは、東京駅で早速カメラの話で盛り上がった。

湯殿山・大日坊
 湯殿山・大日坊 に到着、現地は篠突く雨だった。

 見学やお坊さんの講話は全て屋内なので特に問題なし
ここは、即身仏で有名であるが、実物を拝むことができた。出羽三山は山岳信仰の本拠地であるが、修行の究極の形がこの即身仏なのだろうか?誰にでもできることではない。24体の即身仏が日本に在わすと聞いたが、その多くがこの地域に集中しているそうだ。

 本来の日本人は「森羅万象に神の存在」を認めることができる。八百万神(やおよろずのかみ)と言われ、神仏混合はその象徴であろう。「食べ物は、動植物の命を頂くことだから、食べ残したり、ムダにするとバチが当たる」という考え方はここから来ていると思うが、例えば「牛を祀る」と西欧で話でもしようものなら、気違い扱いされ兼ねまい。

 大日坊の偉いお坊さんによれば、明治政府が強制的に神道と仏教を分離させ、古来の考え方を破壊してしまった・・という。大日坊も決定的な被害を受けたそうだ。明治政府も罪なことをしたものである。
 大日坊には11時間弱滞在し、バスは羽黒山三神合祭殿に向かった。

黒山三神合祭殿
    伊勢の奥の院と呼ばれる徳川将軍家の祈願寺 羽黒山三神合祭殿 に到着、相変わらず雨足が強い。

 ここを訪れると出羽三山を全て参拝した事になる そうである。

 羽黒山東照社では、家康没後4百年に当たる今年を記念して、家康神像などの宝物が公開されていた。
 
 上の写真はここで頂いたパンフレット (クリックで拡大)

鏡池
 境内には通称「鏡池」という小さい池がある。この池から「鏡」が出土(出池か?)したことからこの池の通称がついたようである、池の本当の名前は御手洗池という。
 銘菓「古鏡」を製造販売している 木村屋のホームページ によれば


 「出土した鏡は1つではなく、平安時代から江戸時代までの数百個の銅の古鏡のうち190面が、昭和25年(1950)8月に国指定重要文化財に指定された。羽黒鏡と呼ばれている。



銘菓「古鏡」 写真:木村屋のホームページより

銘菓「古鏡」 3個入り (実写)

 木村屋 が創業以来こだわってきた特製餡に求肥もちを入れた銘菓「古鏡」が有名だそうだ。古鏡を形どったものである。ご当地に来るまで知らなかったが、バスガイドさんがこのお菓子のことを教えてくれた。これはお土産に買わざるをえない。下界でも売っているそうだが、「郷においては郷に従え」が私のモットー、「境内の土産店で買った方ががご利益があるかも・・・」というバスガイドさんの一言でこれに従った。今回買った3個入りのもの(右上の写真)は、税込で価格:486円である。

  帰宅しておやつに食べてみた。上品な味で、使われている小豆餡や求肥も吟味された上質のものだと感じた。
 
羽黒鏡 出羽三山神社のホームページより
 この写真は昔から修験者たちが登ってきた階段の最上部を撮ったものである。雨にけぶってしかと見えないが、ここは、目的地であるこの寺社にようやく辿り着いた地点となる。

 ここ羽黒山の麓には多くの宿坊があり、宿坊近くの国宝・羽黒山五重塔から神社までの石の階段をが二千五百余りもあるそうだ。我々は、境内の駐車場までバスで直接乗り付けたが、本来、階段を登って来るべきだろう。体力があればだが。

 昔のゴルフではカートは邪道で歩いてプレイするのが普通だった。営業的理由からカートが導入されたようだが、歩くことが少なくなった我々は、私を含めて段々劣化しているものと考えられる。


 最近仕込んだ話であるが、筋肉の60%が足腰に集中しており、歩くことでこれらの筋肉が鍛えられ筋肉が増すという。水分はほとんどが筋肉に蓄えられるから筋肉には保水機能があり、加えて筋肉には、何と、マクロファージなどの免疫細胞を増強する働きまであるということが最近の研究で分かってきた。老齢者の免疫機能が低下し、肺炎などの重病になりやすいのは、この免疫細胞が少なくなった結果として生じている可能性が高い。今夏倍増している熱中症による死亡者も筋肉が減り、体の保水能力が機能しなくなったからというのだ。こういう人はちゃんと水を飲んでいても結果はあまり変わらないそうだ。この話は最近のNHKの「試してがってん」で紹介されていたからご存じの方も多いだろう。要は、歩くことは決定的に重要な事なのである。
 境内で目立つのは杉の巨木である。

 さすがに平安時代から続く、由緒ある聖地を伺わせる風格がひしひしと感じられる。

 伊勢神宮の杉の巨木も立派であるが、ここの杉も同じように、神が宿るのではないかと思わせるくらいのエネルギーに満ちていた。

萬国屋
 今日の宿泊先、鶴岡市 萬国屋 に到着。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」の1つ。
 日本海に注ぐ湯温川沿いに立つ瀟洒な旅館である。広大な露天風呂を始めお風呂の種類が豊富、男女入替え制。

 当旅館のホームページによれば、「
お料理は、山を楽しみ、水を楽しむ「楽山楽水」。海・山・川全ての旬の素材存分に楽しむという意味が込められています。温泉は千年の歴史があるあつみ温泉。松尾芭蕉、与謝野晶子など、古くから文人墨客が数多く訪れ、詩歌や小説にうたわれました。」という。

 泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉(含石膏・食塩泉)で、肌がしっとりとなるような感じである。女性には「肌がすべすべするかも知れないので」喜ばれそうだ。

 (左の写真は翌朝撮影したものです) 
 
お楽しみの料理。

 食前酒の梅酒で乾杯して、味わいながら食べる。前沢牛のしゃぶしゃぶがメインだが、食材は吟味され、美味しい。お米は粒の揃った庄内米で甘みがある。ビール(750円)を注文、うまいので2杯もお代わりした。
 


 


7月25日
第2日目

弥陀ヶ原湿原・トレッキング・コース入口に立つ看板
 翌朝8時出発、

 月山に向けてバスは移動する。下界は曇りがちの穏やかな天気だったが、月山八合目(標高約1,400m)の弥陀ヶ原湿原に到着する直前、あたりはガスに包まれてしまった。月山は別名「ガス山」と言われるそうだが文字通りの悪天候。しかも、風速は10m~15mの強風まで吹きすさんでいる。持参のNorth Face の雨合羽を着用して風雨に備えた。


 弥陀ヶ原湿原のトレッキングは現地のガイドがつき、しかも、今回のツアーで採用した無線式ツアーガイドがとても良かった。普通のトレッキングに比べて格段に情報量が多いという印象である。高原植物の時期なので、ガイドの説明の半分くらいは花の実物紹介である。

 風の勢いは約1時間半強のトレッキング時間中衰えることはなかった。2名の方が添乗員とともに途中で引き返したくらいであった。また、別のグループの若い女性が私の目の前で風にあおられて転倒してしまった。


 ガスにけぶるツアー参加者一同


 写真は今回使った無線イヤホン。日本製で、旅行会社などにレンタルしているそうです

     


 
   世が世ならこう見えるという画像をネットで探してみました。

 大曲の41番さんのホームページ の写真がキレイだったのでお借りしました。ぜひホームページにアクセスしてみてください。



 キンコウカの群生

 ところで今回購入した携帯三脚であるが、結局、使わなかった。使ったのはトレッキングのストックとして兼用できる写真用の一脚だった。


 ツアーでは三脚はなかなか使えない。脚を伸ばしたり縮めたりするのに時間が掛かるし、周りをえらく気にしながら操作する必要がある。グループに迷惑を掛けることが多くなりそうである。三脚はマイカー・ドライブ旅行あたりで使うことになりそうだ。
 池塘が一番多いところを撮ってみた。

 今回の旅行用に購入した レンズホルダー を実際に使ってみて、予想以上の効果にニンマリ。 望遠レンズと超広角をレンズホルダーに交互に付け替えながら頻繁に、かつ、今までに比べるとごく短い時間でレンズ交換をすることができた。DIYでレンズ合わせマークをホルダーに貼り付けたお陰で、迷うことなく一瞬のうちにレンズ交換作業が完了し、腕利きのガンマンになったような気分、今のレンズ交換は何秒くらいで済んだかな・・・と測定してみたいくらい。当ホームページの イッピン・レビュー 欄で紹介しているので興味のある方はどうぞ・・

 携帯 (Xperia Z3) のカメラも結構使った。夫婦二人の記念撮影はケータイを使い、宿の料理の写真はすべて携帯で撮った。昔に比べて格段の進歩である。
 月山への登山道の入り口付近に「講」のメンバーと思われる人たちが休憩所のようなハウスの前に集まっていた。駐車場もすぐ近くである。白装束の人たちが集まっていた。
 精進料理を頂いた羽黒山の麓にある宿坊。

 玄関には下の写真のような縁起物が飾ってある。


 なお、羽黒山の国宝「五重塔」はこの宿坊から遠くないところにあるようだが、安念ながら、今回のツアーではカット。また来なさいということであろう。
 これは「引綱と」いわれる魔除けの飾りである。宿坊には必ず飾ってある。

 これは、「松例祭(冬の峰)につつが虫(悪魔)を引張って焼き捨てる宗教行事(神事)に使った引き綱」を主材に転用したものである。
 美濃あたりでは軒下の防火用の壁を「うだつ」と言い、ちゃんとした家では「うだつ」を設け、「うだつが上がっている」。 ひょっとしたらだが、ご当地ではこの引綱を飾っていないと「うだつが上がらない」のではないかという気がした。

 バスガイドさんによれば、これは羽黒山の山伏仲間の年1回のミーテイングで「今年はどこそこに配ろう・・」という風に決められる。例えば、今年はあそこの家に長男が誕生したからここの家に配る・・といった具合だそうである。宗教が地元の住民に根付いていることがよく分かる、いい話である。神や仏という、人間を超越した存在を認める人達に悪人はいないと私は思っている。
 宿坊の精進料理

 びっくりしたのは、胡麻豆腐のあん掛け、砂糖をたっぷり使ったお菓子のような味で、始めて味わうものである。写真の中央右端のお皿がこれ。所変われば品変わるとはこのことである。

 そういえば、おこわにも砂糖をぶっかけて食べるそうだしご当地ではこれが当たり前なのだ。
 宿坊の庭に御影石の立派な記念碑が建立されていた。碑文を読むと内容がいいので写真に残すことにした。
 
 平成七年八月、「いわき市出羽三山植田講中」が建立したもので、碑文には当時のいわき市長、岩城光英氏の句が彫られている。20年ほど前の碑であるが、作りたてと見まごうばかりに良く手入れがされていた。

 「ここに来て 罪も穢れも祓川 身をば羽黒の神にまかせて」

 
なお、祓川は羽黒山 の五合目付近にある現実の川で、修験者は今もこの川の清流で身を清めてから溝中に出掛けるそうだ。

今日の予定は以上で終了。バスは今日の宿、フォレスタ鳥海 に向かい、定刻5時ころに無事到着。



今晩のメニュー


当日出されたいぶりがっこ
 フォレスタ鳥海 の夕食、とても美味しい。カレイの煮付けが絶品。稲庭うどんも良かった。

 のっけから漬物の話で誠に恐縮であるが、お新香に「いぶりがっこ」が2切れ出された。漬物に目がない私から見ても吟味されたすばらしい「がっこ」である。かじるようにすこしづつ食べた。

 私は漬物にえらく執着する方で、旨いつけものを味わうために遠くまで出掛けることもある。昔だが、素晴らしい香りと味の沢庵を食べるために、黒部の宇奈月温泉まで出掛けたことがある。もう40年ほど前のこと故、今では絶えていることだろうが、これが今までの人生で食べた沢庵の最高峰だと思っている。馥郁とした香りと良い「塩梅(絶妙の酸っぱさと塩味)」、そして、シャキシャキした食感を今でも思い出すことができる。私の場合、味も記憶の一部なのである。

 これも余談だが、2014年冬、山形県かみのやま温泉・古窯に滞在した折、思い立ってかみのやま温泉駅の観光タクシーを利用して、斉藤茂吉記念館・上山城・武家屋敷などの観光をした。その節、たくあん漬けを考案したとされる沢庵和尚のゆかりの寺「宗鏡寺(すきょうじ)」に参拝した。漬物好きとしては足を伸ばさなくては・・という気持ちからだった。

 次点は、熊本県水俣市袋の「月浦大根(つきのうら)」だろうか。多分知っている人はほとんどいないだろう。これを作っているおばあちゃんも歳だそうだから、いずれ消滅することだろう。至極残念なことである。副材にナスの根っこと柿の皮を加えているそうだが、実家で同じ材料を使っても同じような味は出せない。やはり、おばあちゃん宅に棲みついている発酵菌が決定的な要因ではないかと推察している。 人によっては嫌いな香りだそうだが、現地のお店で売っているときは、50m先からでも店頭に置いてあることが分かるような素晴らしい香りをもっている。

 今日のいぶりがっこは、上記の馥郁とした香りとはりはりとした食感はないが、何よりもいぶした煙の香りが上品で味を引き立てている。燻すのにどういう木のどういう材料を使っているのかとても興味がある。


 最終日に、いぶりがっこをおみやげに買ったことは言うまでもない。何か良いことがあった時にビールのつまみとして味わうためにまだとってある。これは秋田美人ご推薦の1本である。物産店であまりに種類が多いのでおすすめ品を店員に推薦してもらって買った1本である。最初に相談した店員は、自信がなかったようで、わざわざ別の「専門家」を呼んでくれた。それが若い秋田美人というわけである。


 後で調べてみて燻の材料が分かった。いぶりやがっこ本舗「きむらや」 さんによれば、「ナラの木、桜、けやきの広葉樹」を使って4晩くらい燻すのだそうだ。 
7月26日
第3日目
  
 第3日目の朝である。早朝4時ころは概ね晴れており、ホテルの駐車場から見る鳥海山は、山頂まで見通すことができたが、ひと風呂浴びて写真でも撮るかと思い立った5時頃から、西方向より真っ黒い雲が鳥海山めがけて向かって来るようになった。今5時半である。

  いよいよ獅子ヶ鼻湿原観光へ

 今回の旅行の主催者側である阪急交通社トラベルセンターの所在地、宝塚市にちなんだのか、ツア-参加者の29名は星組と・月組の2班に分かれて行動する。(班分けは月山トレッキン時から始まっていた)

 ここでは待望の「あがりこ大王」様と「鳥海まりも」とのご対面だ。

「樹幹流痕」
 現地のツアーガイドさんによれば、ブナの木の幹には、葉っぱが集めた雨水を自分の根っこに導く通路があるという。この雨水の流れを「樹幹流」という。いや、勉強になる。

 左の写真を拡大すると、幹に黒っぽい線(黄色の⇒マーク)が見える。これが導水路である。この痕跡の正式名前がない模様につき、取り敢えず「樹幹流痕」にしておいた。私の造語である。
(この写真は黒い痕跡を強調するために編集加工しました)
 ルートの半ばに小川があり、そこには最近掛けられた吊り橋があった。これができるまでは、ここの左側にある急斜面に置かれたロープを頼りに急坂を登り降りしたそうである。

 帰路、実はこの橋の向こう20mくらいのところで、親離れをさせられたばかり(ガイドさんの意見、1.5~2才児らしい)の小熊に遭遇した。奇遇である。

 向こうもびっくりしたらしく、こちらを振返りながら、急な坂道を駆け登りながら逃げて行った。敵も必死なのだろう、意外に逃げ足が早かった。
   西洋の燭台の姿に似ていることからこの名前がついたそうであるあがりことは、地上から上がったところから子が出ているという意味だそうだ。

 ここは有名な豪雪地帯である。現地ガイドさんから質問が出た。「最大積雪量は何mか?」という。
 答えは何と 30m だそうだ。驚きである。富山の室堂「雪の大谷」の雪の壁の高さの記録が20mだそうだから桁違いではないか。
   1600年近い前から山岳信仰が行われていたわけだから木炭の需要も大きかったのだろう。ブナの枝を切っては大量の炭を焼く必要があり、搬出ルート近辺のブナの枝を切った結果、異型のぶな、あがりこが出来上がったものと思う。炭焼きは切った枝や製品の木炭を輸送するのに適した積雪量の多い冬だったらしい。枝は積雪より上の部分を切るから、当然「あがりこ」となり、本体に悪影響を与えることも少なかったことだろう。 


あがりこ大王1
     あがりこ大王の本体

あたりを圧する存在感のあるすごい木である。 「森の巨人たち100選」 のうちの1本。

  「森の巨人たち100選」 は2000年に林野庁が選定したもので、リストは上記のホームページで知ることができる。 ただし、2015年現在、1本が枯死し、また、すべての樹の写真が掲載されてはいないのでご留意を・・
 別売の写真集などで見ることができる。


 

あがりこ大王2
 あがりこ大王の幹周は 7.62m もある。

 筆者は、奥志賀高原のブナの原生林、白神山系のブナ林をトレッキングした経験がある。鳥海山のブナを含めて3箇所のブナ林の「あがりこ度合い」を比較すると、志賀高原はほとんど手付かず状態、白神は所々にあがりこがあり、鳥海山はえらく多いというのが実感である。

 あがりこは炭焼きの結果として生じたものであるから、上記の「あがりこ度合い」は人口に比例すると言い換えて良いだろう。志賀高原の太いブナの木たちはほとんどはスクと立っていた(下の写真、実写)。奥志賀高原が山岳信仰の地であれば、あがりこ状態になっていたであろう。
   
   奥志賀高原のブナの木  

獅子ヶ鼻湿原 のコケ
 左の写真は「温水路」である。

 鳥海山の非常に冷たい湧水はそのままでは稲作には使えないため、昔から長い時間と労力を使って「温水路」という仕掛けを考えだした。 緩くて薄い水膜になるような人工の水路を設けて温めるという考え方である。名案である。

 獅子ヶ鼻湿原は残念ながら都合により、3時間の予定を2時間で切り上げて、鳥海山麓・元滝伏流水 に移動。
 左の写真は鳥海まりもではない、普通のコケ。残念ながら、「鳥海まりも」は、しかと確認できなかった。 国立公園内なので、落ち葉を取り除くことでも許可がいるそうで、「困っている」とガイドさんが言っていた。私も自宅の小庭でコケを育てている、水遣りは当然として、日課は落ち葉を取り除くことである。自分で木の剪定もやるが、この時の葉っぱ除去作業は、剪定する時間より実は長くかかる。

 小さな葉っぱ1枚でも丹念に除去しないとコケ面が凸凹になってしまうのである。したがって、上の話は私にはよく理解できた。

 
ついでにウチの苔をご紹介する。秋になり植え込みの苔も見頃、2015年10月1日に撮影したものを追加した。(写真はクリックで拡大できます)

     

元滝

   ここは元滝。ある写真家が撮った写真からこの滝の存在が知られ、全国に広まった経緯があるそうだ。北海道の美瑛も、この地に惚れ込んだ写真家が移り住み、季節の変化を撮影し続けた結果の写真集から有名になった。
 滝に近づくと冷気が流れてきた。半端な冷気ではない。気持ちがいい。マイナスイオンであたりは満たされているに違いない。元滝伏流水の水温は手がが切れるほど冷たかった。ここにきたらぜひともその冷たさを体験すべきである。湧水の水温は7.1度~9.1度位だそうだ。



蚶満寺
   

 最後の目的地「象潟(きさかた)」にやってきた。ここは蚶満寺(かんまんじ)である。行程が全般的に遅れ気味のようで、20分位の滞在に制限されてしまった。本当はもっと居たかったので残念。
 300年ほど前、地震で海底が隆起するまでは、ここの田んぼは遠浅の海であった。この石は舟を繋ぎ止めておく石だった。ここで松尾芭蕉が俳句を詠んだという。今は昔の物語の現場を見ることができた。感慨深い。 象潟・中国の美人西施・合歓の花に事寄せてを詠んだ芭蕉の代表句がある。 
         
    「象潟や雨に西施がねぶの花」

 
季節もちょうど今頃だったのだろう、ゆく先々で虹色のねむの花が咲いていた。

 鳥海山をバックにして撮った素晴らしいねむの花の写真をネットで見つけたので左に掲載しました(2019年9月5日追加)

「鳥海山とねむの花」
写真・タイトルとも「僕の歩く町3」サイトより
お借りしまた。写真は一部編集させて頂きました。


  蚶満寺の境内からみた小島の名残、残念ながらここからは鳥海山は見えなかった。

 これで今回のツアーが終わった。

 出羽三山近辺の国道が自然渋滞したため、山形駅へのバスの到着が遅れてしまった。ギリギリの到着だったため駅弁を買う時間もなかった。が、新幹線のホームに「牛肉どまん中」の宣伝と電話番号が見えたので、車両が到着するまでの間の数分の待ち時間内に、今回乗る車両の指定の席に配達して貰えるサービスを利用して弁当を予約することができた。米沢駅で積み込むことを知っていたので、こういうことができるのである。何事も経験である。