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グランドサークル・ドライブ紀行
(2003年8月)
     (写真はすべて実写によるものです)   

2003年8月、新婚の息子夫婦の夏休み期間を利用して、私達夫婦を加えた4人で、ニューヨークを起点とする左表の米国大陸横断旅行を敢行しました。

 このページは、今回の旅行の後半部分、レンタカーによる走行距離4,000km以上のグランド・サークル・ドライブ旅行のところをご紹介します。

今回の旅行は私にとって、グランドサークルが2回め、モニュメントバレーは3回目、グランドキャニオンは4回目となりますが、ここには異次元の世界が展開され、出掛けるたびに新しい発見と新鮮な感動があります。


残念だったのは、モニュメントバレーの中心部から10分の距離にある、当時唯一の公園内ホテル「グールディングス ロッジ」の予約が今回もどうしても取れなかったこと。大手の旅行エージェントが常時押さえているらしく、相当粘って交渉してみましたがどうしても取れません。交渉といっても手段はメールですが、7回ほどメールのやり取りを重ね、最後は、「余命わずかの家族(私のこと)が死ぬ前に1回はどうしても泊まってみたい・・と申しています」と泣き落とし戦術に出てみましたがやはり駄目でした。

グランドサークル(The Grand Circle)とは
アメリカのユタ州・アリゾナ州の州境にあるレイクパウエルを中心にして半径約230kmの円を描いた一帯に広がる,『驚異の大自然』と『先住民族の歴史と文化』が集約されたエリアのことを指します。
グランドキャニオン国立公園をはじめとして
10の国立公園、16の国定公園、19の国立モニュメントや州立公園が含まれるこのエリア(ウイキペデイア) は,エリアごとに様々な景観を持ち,大自然の凄さ,美しさを体いっぱいに体感できる場所です。(地図はクリックして拡大できます

グランドサークルの詳細な地図(英語)は ウイキペデイア がおすすめ
アメリカ国立公園ガイド(JTB、日本語版)は全体的に良くまとまっています
9日 いよいよグランドサークル・ドライブ旅行へと出発する。ラスベガス・マッカラン国際空港で、予約してあったレンタカーを借りた。いろいろ迷った末、左写真のバン型に決定、フォードの Windstar Lx 型で、エンジンは3リッターだったと思う。4,000km以上の距離を走り抜けるという滅多に無い長距離ドライブである、思わず「よろしく頼むよ」と念じながらクルマを撫でる。

ラスベガスの北東方向に走るハイウエイ15号線が旅の始まりである。そして右回りで長円を描きながら、最後は、北西方向に一直線にラスベガスに至る93号線経由で同市に戻ることで「グランドサークル」が完結するという長大なドライブ旅行なのである。

左の写真は15号線の道沿いで撮った。アウトレットのあるセントジョージがもうすぐという地点である。

気温が40℃近いのではないかと思うほどの真夏の本当の砂漠の灼熱状態である。タイヤの耐久テストをやっているに等しく、ところどころにバーストしたタイヤが散らばっている。気をつけねば・・・

セントジョージ・アウトレット に着いた。

入り口の立て看板には「虹の終端、ザイオンのアウトレット」と書いてある。どうして虹の終端なのか調べてみたが分からなかった。ここで簡単な昼食を取り、ちょっとした買い物をした。

建物はすべて平屋である。土地が広大だから、日本みたいに狭い土地を有効利用するために高層建築にする必要は全くないのであろう。しかし、広すぎて歩くのがしんどい。



ザイオン国立公園に到着、早速4人で記念撮影をする。右の2人が私たち夫婦で、写真にはぼかしを入れてあるが顔だけしかぼかしていないので、いい加減くたびれたカラダが見えてしまい恥ずかしい。ただ、これ以外に写真がないのでしょうがないですね。

私がかぶっている帽子は、ニューヨーク市・ヤンキースタジアムのチーム・オフィシャル店で買ったもので、選手と同じ材料を使ったなかなか高級な品物である。気に入ったので、旅行中、ずっとこの帽子を被っていた。怪我の功名というべきか、このキャップが地元の人とか外人の旅行者との話題作りにとても役に立った。

グランドサークルは米国の西部地域であるが、東部チームであるニューヨーク・ヤンキースのこの帽子は地元でも注目を引き、「マツイ」とか地元チームの「イチロー・・・」などと声をかけてくれた。「先週は、マリナーズとヤンキースの試合を見てきたばかりだよ・・・」などと話が盛り上がったこともある。

イチローの人気は大したもので全員が彼の名前を知っている感じである。

車窓から撮ったザイオンの岩壁である。息子と私は何回か訪問しているので、先も長いのでここでは長い時間は取らず、ほとんど見ないで通過した。

最初に見学した時はそれなりに感動したが、これから行くところの凄さに較べると、ザイオン国立公園には悪いが、「格が違うよ」といった感じである。


ラスベガスからすぐ行けるので、観光客はいつも結構多い。狭い渓谷の浅い小川をサンダルで歩く水遊びが人気なようである。ただ、鉄砲水が突然襲うことがあるので要注意。ここのビジターセンターではグランドサークルの様々なポスターが売られており、前回訪問した時に大量に買い込んだ。

詳しくは ザイオン国立公園のホームページ を参照して欲しい。
ブライスキャニオン国立公園 に到着した。

時間の関係で、サンセットポイント(日没鑑賞地点)での鑑賞は見送った。


今日は、"Best Western Plus Ruby's Inn Bryce Canyon" というモテルに宿泊する。

今日はどうしてもやっておかなければならないことがある。明日の天気と、何よりも、日の出の時刻である。ホテルのレセプションでしつっこく確認する。確か、現地時間で4時45分頃だったと思う。

10日 ここ以降の写真のほとんどは、写真をクリックすることによって拡大画像を見ることができます。写真の上にカーソルを置いてみて、手のひらマークが出たらそれが可能です。再度のクリックで画像が消えます。

現在4時50分、快晴。
日の出前にサンライズポイント(日の出鑑賞地点)に居合わせることが大切。ポイント地点を確認するのに手間取り焦りましたが、早起きは3文の徳、余裕で日の出に間に合いました。

写真は、サンライズポイントにおける日の出直後の荘厳な光景。カメラの撮影日付は現地時間、4時50分 を記録していた。
美しく息を呑むような光景に、私はしばらくの間、本当に息を止めて見入っていた・・・

私は、いわゆる「日の出マニア」である。ここ30年、九十九里海岸あたりで初日の出を拝んできたが、ここでも太陽に向かって礼拝し、家族とか兄弟の幸せと無病息災を祈った。
太陽礼拝は親子2代の歴史がある、朝、私の父が東に向かって拝むのを日課にしていたことをよく覚えている。
午前5時14分

だんだんと空の青さと青の深さが目立つようになった。


日の出から20分以上経ったというのに、樹木の影の様子から、朝日はまだ、ほとんど横から射していることが分かる。ここは高地だからここより下の位置から太陽が登ってくるのだろう。

日の出直後に撮った上の写真に注目して欲しい。手前の尖塔群の影が後方の絶壁面に映っているが、影は手前の尖塔よりかなり上にあることにお気づきだろうか。


私はクリスチャンでも何でもないがここには神の存在を感じるほどの神秘的な異次元の別世界が広がっていた。
午前6時17分。

針葉樹が結構生えている。
溶岩の大地にまず生えるのが松の木だと言われるように、針葉樹は生命力が強く、痩せた土地でもよく育つ。


ここの針葉樹は、赤っぽい岩石ととても折り合いがいいと感じた。
午前6時19分。

気配を感じて振り返ると、長男の嫁が涙を流しながら泣いていた。「この世のものとは思えないほどの光景に感極わまった・・」と言うのだ。

私も嫁の気持ちがよく理解できるような気がした。

多くの難題をクリアし、リーダーシップを発揮してこの旅行を計画・実行した長男の苦労と努力も報いられたと言うべきであろう。息子自身は何回もグランドサークルを訪れているのだが、自分のことは差し置き、嫁とか母にこのような光景を見せるため、言い換えると、この景観と感動を共有するためにこの旅行を計画したに違いない、この時私はそう感じた。


この拙い私の写真でこの感動が他の方にお伝えできるかは疑問だが、少なくとも、ここに居あわせた4人はここでの感動を一生忘れることはないであろう。
午前7時7分。

この公園にはいくつかのトレイル・コースが用意されている。

標高差159mの「ナバホ・ループ・トレイル」という中級者コースを選びトレッキングを開始した。

空が抜けるように青い。湿気の多い日本ではなかなか体験できない空の青さである。

ここの海抜は2,400m~2,700mくらいあるそうで、結構高地で、湿度も極端に低いようである。このような環境で見る空は本当に深い青色であった。
午前7時48分

トレッキング中のスナップ写真。

ブライスキャニオン特有の尖塔が美しい。

アメリカ原住民、「パイユート族」の間では、「これらの岩は、悪い行いをしたために復讐の神によって石に変えられ、永遠に凍結された『伝説の人々』の石化した死骸である」と信じられているそうである。( Discover America.com より引用)
午前8時49分

トレッキングを無事終了

ブライスキャニオン国立公園遠景


しばらく公園内を散策したところで、名残惜しいが、次の目的地であるキャピトルリーフ国立公園に向け移動を開始した。
午後1時47分キャピトルリーフ国立公園 に到着。今まで走ってきた国道15号線を離れ、9号線→89号線→12号線と乗り継いでここに到着した。約190km、3時間の距離である。

ここではあまり印象に残っていない。


移動中、長男が一人で運転してくれた。
私も念のため、国際免許証を取得して旅行に持参したが、このドライブ旅行中、ドライバーは長男一人が勤めてくれた。相当疲れたことだろうが、素振りも見せず安全運転してくれた。有難いことである。


移動中、私は熟睡モードに入り、途中の光景はほとんど見ていない。 ただ、途中に目を覚ました時白樺の見事な森林があり、車を止めてもらってその林に見入った。白樺は私の好きな樹である。どういうわけかカメラ好きの私のカメラには写っておらず残念だったが、目にはその景色が焼き付いている。
キャピトルリーフ国立公園 への途中、長~い直線道路を走った。

米国は本当にスケールがでかい。北海道にも長い直線道路があり、バス旅行では必ずガイドしてくれるが、ここの直線道路は気が遠くなるほど長い。

前回、長男と2人でグランドサークルをクルマで周ったとき、ラスベガスに至る見通しの効く長い直線道路で、交通法規違反の時速200キロ超えに挑戦した。私はポリスなどの警戒を担当し、長男が運転した。クルマの馬力が弱いので時速200キロに到達するまでに結構時間がかかったが、短い時間だったが200キロを超えた。これが我々の最初にして最後の高速ドライブ記録だ。


スケールがでかいといえば、昔、仕事で出張の際、所要でサンフランシスコからサンノゼまでタクシーをチャーターして移動したとき、片側6車線の幹線道路の下り線で大渋滞に出逢ったことがある。車線が全部埋まり、クルマが微動だにできないのである。急ぐ旅ではなかったのでいらいらすることはなかったが、運転手に聞くと、「20kmほど先でシャワー(夕立)があり、それで渋滞なのだ」と説明してくれた。日本の juutai は辞書に載るくらい国際的になったが、さすが、クルマ社会の米国にも日本を上回るくらいの大渋滞があるのだな・・とスケールの大きさに感心したものだ。

スケールの大きさを本当に感じたのは、やはり土地の広大さで、見晴らしの良い高地で、天気が良いと、多分だが200kmくらいの見通し距離があり、はるか向こう、恐らく千葉と東京間の距離約40kmくらい遠いところで雨が降っているのが手に取るように見えるのである。
アーチーズ国立公園 に到着した。

途中、ハイウェイ50号線を走って東方向に向かい、6号線→128号線に乗る。128号線はコロラド川沿いに走るから眺めがとても良い。今日の宿泊地でアーチーズ観光の拠点となる「モーアブ」へ行くにはもっと近いルートがあるが、コロラド川沿いに走りたいので、やや遠回りのこのルートを走ることにした。

最初の頃は、コロラド川も上流部分ゆえ、水はまだ清く澄んでいる。 川幅は狭く、えぐられた岸壁の高さも数mと低い。下流方向に走るにつれて岸壁の高さが次第に高くなるのが手に取るように分かる。モーアブ付近では数十mとなり、これが、グランドキャニオンあたりでは高さ1,500mの絶壁ににもなるのである。時間をかければ水の作用とはこれほどまでにすごいのだ。

水だけではない。現地のツアー・ガイドによれば 「モニュメントバレーのビュート(孤立丘)は主に風の侵食によるもの」だという。風に飛ばされた砂が岩にぶっつかって削るらしい。

ここの主だったアーチは ここ を参照してください。
デリケートアーチ、高さ13.7m、幅10.1m,で、ユタ州のシンボルだそうだ。

ウイキペデイア によるとアーチが形成された理由が分かって面白い。昔海の底にあり今は隆起した地面に岩塩層が含まれており、これが理由でアーチができたという。詳しくはこのサイトを見てください。

アーチの下に小さく写っているのが私達夫婦。そこに行くには結構危ないところを通らなくてはならない。大きく傾斜した手すりもない斜面を10mくらい横切らなくてはならない。足を踏み外したら怪我程度ではすまないだろう・・
こういうところは結構アメリカらしい。グランド・キャニオンのサウスリムの展望台には手すりらしいものがない。後で出てくるグースネック州立公園だって身を乗り出さなければほとんど何も見えない。イエローストーン公園では、「自然の摂理に任せるべきだ」という理由で狼を公園内に放ったという。


日本だったら、デリケートケーアーチへの索道を作れと、どこかの団体が主張するに決まっている。事故が起きたら絶対に責任部門を徹底的に叩くであろう。
バランスドロック、「スクールバス3台分の大きさ」の巨岩。たまたま夕立があり虹が立ったところを長男が撮影。右手に薄く虹が見えます。現地時間で19時過ぎの夕方の出来事でした。

本日のアーチ鑑賞はここで終わり、モーアブ市のアーチーズ国立公園の入り口に近いところにある、今日予約したモテルに移動
(モテる名は何処を探してみても見当たらない)

長男はモテルに落ち着いた後、また、夕方のアーチ鑑賞に出かけてしまった。われわれは疲れてきたのか、奇岩はもういいという気分になっていたので、お誘いを断り静養することにした。

他の国立公園は、ブライスキャニオンやグランド・キャニオンのように入場料金をとるところが多いが、ここは確か無料である。長男はそれもあって2回めの入場をしたかも。
11日 翌朝、再度公園鑑賞に挑戦、朝8時頃

これが有名なランドスケープアーチ、差し渡し約100mの今にも崩れそうな薄い橋である。
13時59分、デッドホース・ポイント州立公園 (JTBのサイト)

「このポイントは見学場所が一箇所で、コロラド川が深く蛇行し、600m近い落差を目の前で見る事が出来るポイント」と言われる」(上記JTBのサイトから引用させて頂きました)。
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16時27分キャニオンランド国立公園 (JTBのサイト)、デッドホース・ポイント州立公園とは隣接している。

明日はいよいよモニュメントバレー。
宿泊はここに来てから探した デザート・ローズ・イン というモテルにした。

デザート・ローズ・イン は、モニュメントバレーから約60キロ離れており、ユタ州のブラフという町にある。ここの牧場風のレストランで食べたステーキはうまかった。

明日は、目玉の一つ、モニュメントバレーの日の出を拝むために相当早く起床する必要がある。
12日 朝早く起きて デザート・ローズ・イン を後にしたお陰でモニュメントバレーの日の出に間に合った。

早朝の5時33分、モニュメントバレーの日の出である。いつ見ても身が引き締まる思いがする。
グールディングス・ロッジ ビジターセンターもここにある。

ここはナバホ族の居留地で、自治権を持った一種の独立国である。

当時は、公園内にはここしかホテルがなかったが、2008年10月、モニュメントバレー公園のど真ん中に「ザ・ビューホテル」という宿泊施設が完成したそうだ。

ロッジ内の食堂では3回ほど食べたことがあるが、とにかくまずい記憶しかない。公園に来る前に、どこかのコンビニで昼食を買ってきたほうがいいかも知れない。

ただし、これは10年以上も前の古い話だし、今は、競争相手も現れてきたことだし食事も改善されたかもしれない。

公園内の四輪駆動車による公園内ツアーの受付もここで行い、ここから出発する。もちろん全員参加する。
有名なジョン・フォードポイント。

ここは、フォード監督制作の「駅馬車」「黄色いリボン」などの作品に登場して有名になった。先のグールでイングロッジも撮影隊の宿泊施設として使われた。ロッジ内には当時の状況を示す品物やパネルが置かれている。


園内ツアーでは、乗馬したナバホ族の役者が、ジョン・フォード・ポイントで見得を切る場面をサービスしてくれる。すかさず撮影したことは言うまでもない。これがその写真。

モニュメントバレーが登場する映画は結構ある。詳しくは ここ を見て欲しいが、バックトウザフューチャーなどが有名だが、2001年宇宙の旅の終わり頃の場面で使われていたと聞いてびっくりした。
ツアーの時のスナップ写真、ここはモニュメントバレーである。アーチーズ国立公園ではありません。
国道163号線、フォレスト・ガンプが走る場面に使われた。

マルボーロ(たばこ)の宣伝写真にも使われたから年の入った昔の日本人だったらこの道路のことを覚えているに違いない。撮影は命がけである。時速150kmくらいでぶっ飛ばしてくるクルマを避けながらの撮影である。ずいぶん遠くにいるクルマだから・・と安心してはいけない。

先方もここではぶっ飛ばしたいのだろう、アクセルを踏んであっという間に近づいてくる。車の方もクラクションを鳴らしてこちらを非難してくる。そう、欧米ではクラクションは相手に対するクレームとして使われる、所変われば品変わるである。


ここでモニュメントバレーとはお別れだ。
モニュメントバレーと別れて、ペイジに向かう途中、グースネック州立公園 に立ち寄った。小さな公園ではあるが景観は見応えがある。 ここは高さ約200mの断崖絶壁がビューポイントである。ここには手すりやフェンスなども何もない。大げさでなく撮影はここでも命がけである。NHKの旅行番組では、撮影者をヒモで引っ張って安全を確保し、手前の崖が画面に入らないようにしていた。

この州立公園については「かなざわ けん」氏の ホームページ を参照されたい。彼は写真家だけにその写真がすばらしい。


この後16号線 → 98号線を経由して、一路ペイジに向かう。

ペイジのホテル Days Inn and Suites Page/ Lake Powell

ここでの滞在はとても快敵だった。
13日 翌朝、9時30分、アンテロープ・キャニオンのツアーに早速参加申し込みをした。モニュメントバレーと同様、ここもナバホ族の管轄する地域であるが、ナバホ族が経営するツアーの会社はほかにも幾つかあるようだ。
アンテロープ・キャニオン、10時41分

この洞窟は、鉄砲水によって形成されたという。砂混じりの鉄砲水が砂岩でできた洞窟を高速で流れ、ヤスリのように壁面を磨くから実に滑らかな造形物を作る。

1997年、全然別の地域で降った大雨による鉄砲水が発生し11人が犠牲になった事件があった。個人的にここを訪問することはできず、旅行者はふつうはガイド付きで回るから安全だと思ったが、そうでもなかったらしい。
アンテロープ・キャニオン、10時40分

夏の期間に限るが、正午になると真上の穴から垂直に光線が入射してそれは見事だそうだ。
それを見るためには出発を綿密に調整しなければならない。そのツアーに参加するには運も必要だろう。


幸い、ここ にはその正午に撮った写真が見られるサイトがある。
アンテロープ・キャニオンツアーが終わり、出発した会社の事務所に戻ったら、セスナ機の遊覧飛行があることが分かり、協議の上、機上からパウエル湖などを観光することに決定。

記憶が定かではないが、ペイジ市営の空港 Page Municipal Airport にある WestWind Air Service という会社ではなかったかと思う。 ここの事務所でチャーター遊覧飛行を依頼した。もちろん家族4人だけの貸切飛行である。

思いがけなくパウエル湖以外の観光地にも飛んでくれたので、予想以上の収穫があった。
長老格および撮影主任として、最も眺めがよく、ベスト・ポジションの助手席を私が頂戴した。サービス精神旺盛な大男の機長が上下左右に激しくバンクしてくれたので、しまいには飛行機酔いになり吐き気を催す始末・・・。

これも記憶が定かではないが、1人で2万円くらいの費用だった。この遊覧飛行は、費用はかかったがそれ以上に大成功だった。
パウエル湖のグレンキャニオンダム、高さ216m、幅475mで、1956年に建設が始まり1966年りに完成した。このダムによりコロラド川が堰き止められ、広大な人造のパウエル湖が出来上がった。それにしても莫大な水量である。上空から見るとそれがよく分かる 。ダムの規模が大きいからここにある発電所の発電量も莫大なものだろうと思って調べてみたが、発電量は大したことはないようだ。面白いことに、ペイジ市にはよく目立つ大規模な火力発電所があり、近郊の電力需要は殆どここで賄っているという。グレンキャニオンダムの建設目的を知ってその理由が分かった。発電が目的ではないのだ。

下流にあるラスベガスに近いミード湖が、コロラド川が運ぶ大量の土砂で早晩埋め尽くされる恐れが大なので、砂防ダムとしてこのダムが作られたそうだ。それにしても壮大な砂防ダムである。

米国で最大の人造湖・ミード湖を堰き止めているのがフーバーダムである。フーバーダムは1929年より始まった世界経済大恐荒対策のニューデール計画の一環として、発電を主目的に建設された。それが現在では、異常気象でコロラド川の水量が40年前に比べて半分に減ったこと、生活用水などの水の使用量が増えていることのダブルパンチで危機に瀕している。2000年時に比べて水位は40mも低下しており、取水口を下げないと発電もできなくなるそうだ。何もしないとラスベガスなどは水不足と・電力不足で廃墟になってしまうだろう。

ダムについてサイトで調べてみても大して情報がでてこない。理由はテロにある。ダムはかっこうなテロの対象になっており、テロリストに情報を提供したくないことがその理由だそうだ。物騒な世の中になったものである。発電所の見学ツアーもあるが、身体検査などがかなり厳重なようだ。テロはあってはならないけれど、空港で厳重にチェックされる我々も巻き添えを食っていることになる。
話はまだ続く。昔はコロラド川はメキシコ湾に注ぎ、大量の土砂混じりの水を運んでいたが、何ということか、今はゼロだという。ラスベガスなどの沿岸都市などですべて消費されて、メキシコ湾に注ぐ水が消えてしまったというのだ。砂漠のどまんなかにゴルフ場を何個も作るようなことえをするから、さもありなんと思う。

ラスベガスはコロラド水系の水なくしては存在し得ない都市である。そのラスベガスは先述したように激しい水不足に陥っている。消費を減らした分だけ税金が安くなるとか、消費を減らす施設には補助金まで出すらしい。シュバイツアー博士が論じた「文明亡国論」の論拠にできるような現実がここにはある。この危機的状況は、同じくコロラド水系に頼ってい米国西部地域全体に及び空恐ろしくなるくらいだ。

それにしても奇観である。水が滞留して藻が発生しているのか水が緑色をしている。そう言えば、コロラド川の支流には「グリーンリバー」という川もあったが、これが「グリーン川」なのだろうか?
見事なS字峡ですね。名前は分かりません。「コロラド大S字峡」とでも命名しましょう。

カメラのベストポジションを確保するためにセスナ機をバンクしてくれた機長が 「●✗▲■○ ・・」・ と何かしゃべっていましたが、写真を撮るのに忙しいのと、機のエンジン音、何よりも私の英語力不足のために聴き取れませんでした、済みません。

パウエル湖のマリーナ。そういえば、ペイジは夏の水遊びのメッカでした。

ペイジは小さい街だが奥が深そうである。まだ知らない情報もありそう。
ペイジ市公式ホームページ(英文)は、綺麗な写真も掲載されておりぜひ見ておきたい。  

パウエル湖、昔はコロラド川だったのでしょうね。
コロラド川の支流、侵食が始まったばかりの川筋だったのでしょう。
パウエル湖の中では珍しいビュート(孤立丘)を上空から俯瞰した。

おかげさまでページ・パウエル湖観光を満喫することができました。
午後13時11分、セスナ機の機長と記念撮影、搭乗証明書もくれた。

この後、最後の目玉、グランド・キャニオンに移動した。

今回もグランドキャニオン・サンセットポイントの夕日を鑑賞したいので時間を厳守、ペイジからグランド・キャニオンへの距離はそれほど遠くないが先を急ぐことにした。


63号線を経由して グランド・キャニオン のノースリム公園入口に日没前に余裕で到着、入園料を支払う。人数に関係なく、クルマ1台あたりの料金であることは合理的である。

グランド・キャニオン夕景、18時12分


今日の宿は 特別なホテルである。

グランド・キャニオンのサウスリムすれすれに立つ公園内のホテル カッチーナ・ロッジ・グランド・キャニオン。ここがなかなか予約が取りにくいホテルで有名であるが、運良く日本から予約できた。一部の部屋だけだが、窓からもろに対岸のノースリムが丸見えの部屋もあるそうだ

後で解ったことだが、ここは、グランド・キャニオンで働く人達のためのだけに作られたそうで、一般客を取ることは原則ないそうだ。これが予約の取りにくかった理由のようだ。
14日 早起きして日の出を見る。朝5時44分である。まだ太陽は隠れている。

旅も最後のステージになった。最後の目的地ラスベガスまでは遠い。日の出を鑑賞したらラスベガスへと移動する。


帰路は、まずサウスリムから64号線で南下し、ウイリアムズという町で合流するハイウェイ40号線に乗る。このあたりは道路以外に何もなく、砂漠の中ををたらたらと走るだけである。アッシュフォークという町を過ぎてしばらく走ると、ルート66号線の旧道の分岐点に至る。

余談であるが、米国の道路は、ハイウエイでない一般道路の場合、家が道路沿いに1軒でもあれば、直ちに速度制限がかかる。速度制限があれば、逆に民家があるということだ。
折角のドライブなので、ハイウェイ40号線から少し外れて旧ルート66号線の古い町並みを残したセリグマンという小さな町に立ち寄ることにした(写真)。町でくつろいだ後、北西方向に直線的にラスベガスにへと向かう93号線を経由してラスベガスに到着する。行きの北ルート、帰路の南回りルートにより、我々のサークルが完成したのである。踏破した距離は記録していなかったが、4,000km以上あっただろう。この距離を長男一人が運転してくれ、とうとう私の出番はなかった。

ルート66号は筆者がに若いころ流行った「ルート66」というドラマとテンポの早いその主題歌が私の記憶に焼き付いている。ルート66は私にとってもノスタルジックなのである。

「ルート66号線が1960年台を彷彿とさせる」ことから、ここをを訪れる人が多いそうだ。昔はよかった・・と懐かしがる人が多いのだろうか。
今夜泊まるラスベガス ミラージュ・ホテル(日本から予約)