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「第4回ハーマン号慰霊祭」 に出席   2015年2月13日 
慰 霊 祭 の  ご 報 告


  2015年2月13日金曜日、「縁故者」の一人として、勝浦市官軍塚で行われた「第4回ハーマン号慰霊祭」に出席してきました。

 マイカーは孫のサッカー教室の送迎のため使用できず、普通電車で勝浦まで移動しました。乗車時間は片道で1時間強だし、電車賃は1,140円と安く電車の方が正解でしたね。孫の送迎は「ばば」に代わってもらいました。なお、JR勝浦駅から官軍塚までの移動は徒歩・タクシーしかなくバス便はありません。徒歩では約30分(しかもかなり急な登り坂)なので、駅前で客待ちしている南総タクシーを利用しました。料金はジャスト千円でした。

 開催前は、ぽつりぽつりと雨つぶが顔に当たる雨模様でしたが、開催時刻の午後2時が近づくにつれ、日が射し始め春の陽光を感じる好天に変わってきました。終盤近くに少し風が出てきましたが、全体的に凪だったのは何より。

 当慰霊祭は、勝浦市教育委員会内の「ハーマン号を世に出す会」の主催。主催者側のご配慮で、何と、「縁故者」の肩書で私の名前が書かれた椅子が最前列に置かれてありました。他にも多くのお気遣いを頂き恐縮するとともに感謝の念でいっぱいです。

 初回からご招待があったものの、これまでなかなか出席できませんでした。今回の出席で心の閊えがとれた感じです。ただ残念なことに、今年は熊本からの参列者がなく、千葉市在住の私一人が、縁故者代表的立場になっていることが来てみて分かりました。慰霊される霊に申し訳ないし、熊本県出身者としていささか寂しい気分です。

 しかし、電報が2通読み上げられ、1通目は熊本県知事だったので少し心が休まりました。2つ目は弘前市長からでした。

 慰霊祭はなかなかの盛会で、地元出身の衆議院議員・森 英介 氏、米国・副領事の Lee Skluzak 氏、・・世に出す会・会長の猿田・勝浦市長、会の発起人・事務局長・大野氏、「ハーマン号を世に出す会」メンバー諸氏、水中考古学会のメンバー諸氏、津慶寺・宇野住職、勝浦市・商工会・栗原副会長など、そうそうたる人たちの出席がありました。津慶寺の信者達を含めて100人位の参列者があったのではないでしょうか。
(朝日新聞によれば参列者は100名とのこと)

 プレスの方も結構多かったです。翌日、ネットで調べると、朝日新聞、千葉日報、東京新聞、そして、読売新聞などの名前が出てきました。本サイトでは、朝日新聞デジタルからの引用、ライブドアブログ記事「第4回黒船「ハーマン号」へのリンク(写真が多い)、および、「日米合同慰霊祭」(読売新聞の切り抜き)を掲載しておきました。

 上段の写真は、私がちょっと席を離れて撮ったもので、森・衆議院議員が追悼の辞を述べておられる時のもの。

 中段の写真は、遭難者のお墓で津慶寺の方で定期的に供養して頂いている模様です。

 下段の写真は官軍塚の見晴らし台から見た今日の景色です。 白波の部分が岩礁だと思われます。 ここ川津沖の岩礁は「根中岩礁」と言い、関東の漁師仲間では俗に「関東の鬼ヶ島」とも呼ばれていたようです。

 会長挨拶のあと、日米国歌演奏、津慶寺住職・宇野氏による読経を経て、追悼の辞(森議員、事務局長・大野氏)、来賓挨拶(Lee 氏)と式典は荘厳に進行、「参加者全員による献花」へと進み、私の横に座っておられた勝浦市商工会・栗原副会長による閉会の辞をもって、午後3時前に無事終了しました。

 それにしても、140 年前、川津の方々の並々ならぬ努力により、多くの乗船者が救助されたこと、そして、勝浦・川津の多くの人達の誠意により、日米の遭難者多数を今日に至るまで140年以上にわたり慰霊して頂いているという事実こ驚嘆します。そして、この事実を知って心を打たれない人がいるでしょうか。

 「ハーマン号を世に出す会」の本当の狙いもここにあるのだと感じました。
 始めて慰霊祭に臨席できた満足感を覚える一方、上記の尋常ではない事実をもっと多くの人に知って欲しいものだ・・・と思いながら帰路に着きました。


 
 当 日 配 布 資 料
 第4回黒船「ハーマン号」慰霊祭 式次第など(パンフレット) クリックで拡大
 
       
 上記パンフレット添付資料  クリックで拡大
 
       
新 聞 報 道
 千葉)沈没した米国船の慰霊祭 戊辰戦争時の勝浦沖 朝日新聞デジタル版 より引用)
 
 勝浦市の川津沖で1869(明治2)年2月13日に沈んだ米国船「ハーマン号」の慰霊祭が13日、勝浦市の官軍塚慰霊碑前であり、リー・スクルザック米国副領事や地元の人たち約100人が参列した。
 ハーマン号は戊辰戦争のため、熊本藩兵を乗せて函館に向かう途中に座礁し沈没した。地元民らが救助に当たったが熊本藩士ら約210人、米国人20人が亡くなった。
 犠牲者の多くは、官軍塚にまつられ、現在も地元の人たちにより、供養が行われている。この史実を広く知ってもらおうと、2012年以来、勝浦市で「黒船『ハーマン号』を世に出す会」(会長・猿田寿男
勝浦市)が作られ、慰霊祭が毎年開かれている。
LiveDoor の記事
 LiveDoor の記事(リンク) 「第4回黒船「ハーマン号」日米合同慰霊祭
 読売新聞切り抜き(2015年2月14日朝刊・千葉地方版-32頁目)