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第5回 黒船ハーマン号慰霊祭
2016年2月13日
慰 霊 祭 の 模 様

2016年 黒船ハーマン号慰霊祭 祭壇

 
2016年2月13日(土) 14時から、多くの関係者・遺族などが集まり、第5回黒船ハーマン号慰霊祭が予定通り取り行われました。昨年に引き続き、私は縁故者として慰霊祭への参加を許されました。

 
当日は、時折、風速 10m 近くの強風が吹き抜ける雨まじりの天候でしたが、慰霊祭は例年通り、勝浦市川津の官軍塚において、「式次第」 通り滞りなく取り行われました。

 官軍塚は、戊辰戦争時、津軽藩の救援に向かおうとした熊本藩の藩士・米国の乗組員を乗せたハーマン号が遭難した勝浦の根中岩礁と太平洋が広く見渡せる高台に建立されています。そこに植えられている カワズサクラ がほぼ満開で、文字通り式典に花を添えてくれました。

(以下の写真はクリックで拡大します)

参列者・手前は津慶寺の信者の方々
 当慰霊祭は、勝浦市教育委員会内の「ハーマン号を世に出す会」の主催。
 
 慰霊祭は盛会で、地元出身の衆議院議員・森 英介 氏、米国大使館・副領事の Valerie J. Santos 氏、・・世に出す会・会長の猿田・勝浦市長、会の発起人・事務局長・大野氏、「ハーマン号を世に出す会」メンバー諸氏、水中考古学会のメンバー諸氏、津慶寺・宇野住職、勝浦市・商工会会長などの要職にある方々、ご遺族・津慶寺の信者達を含め約80人の参列者がありました。

 私と同じ千葉市に住むご遺族のTさんとお知り合いになりました。昨年は私1人だったので心強く感じます。そして、我々、熊本藩の関係者の参加が一人でも増えることを願っています。

 川津区長の開会宣言、会長・猿田寿男・勝浦市長のあいさつを皮切りに、日米国歌演奏、津慶寺住職・宇野氏による読経を経て、追悼の辞(森議員、事務局長・大野氏)、来賓挨拶(Valerie J. Santos 氏)と式典は厳粛に進行しました。途中、熊本県知事と弘前市長からの電報が紹介されました。

 引き続き、参加者全員による献花へと進み、勝浦市商工会・会長による閉会の辞をもって、午後3時前に無事終了しました。
 住職の読経に合わせて、津慶寺の信者さんたちの読経も明瞭に聞き取ることができました。
 川津の漁民を中心としたの地元の方々により、140年以上にもわたり、日米のハーマン号遭難者たちへの供養が続いてきたそうです。その中心が、津慶寺とその信者の方々だろうと思います。

 慰霊祭に参列させて頂き、改めて勝浦市民の長年に渡る偉業に感謝すると同時に、漁民を始めとして勝浦の方々が長年培ってこられた「他人を敬い助け合う互助精神」こそが、日本の将来の救いの1つになるかも知れない・・・と思いながら帰路に着きました。
 勝浦駅までは、勝浦市役所の I 様のお車に便乗させて頂きました。招待状を始めいろいろとお世話になりました。有難う御座いました。

参列者・関係者の皆様方

黒船ハーマン号を世に出す会・会長・猿田寿男・勝浦市長


森 英介・衆議院議員による追悼の辞

米国大使館・副領事 Valerie J. Santos 様ご挨拶


津慶寺・宇野 瑞正・住職による読経


献花 (参列者全員)
 当 日 配 布 資 料
 第4回黒船「ハーマン号」慰霊祭 式次第など(パンフレット) クリックで拡大
 
       
 上記パンフレット添付資料  クリックで拡大
 
       
新 聞 報 道
ハーマン号沈没日米合同慰霊祭 事故から147年、勝浦で    (毎日新聞 )

 (毎日新聞の記事を引用させて頂きました、写真1枚、省略)

 1869(明治2)年2月、熊本藩士を乗せた米国の蒸気船「ハーマン号」が荒天のため勝浦市の川津沖で座礁・沈没し、米国人乗組員約20人を含む230人余の犠牲者が出た事故から147年。命日の13日、同市川津の丘に建つ「官軍塚」で日米合同の慰霊祭が行われた。

 ハーマン号は函館に籠城(ろうじょう)する榎本武揚ら旧幕府軍を討伐するため官軍が借り上げ、江戸を出発、勝浦沖で遭難した。事故を知った川津の漁民らが日本人、米国人の区別なく、夜を徹して救助活動に当たったことが記録に残されている。

 4年前に「黒船ハーマン号を世に出す会」(会長・猿田寿男勝浦市長)が組織され、日米合同で慰霊祭を始めた。今回が5回目。

 この日は時折、横なぐりの雨が吹き付けるあいにくの天気だったが、米国を代表して在日米大使館のバレリー・サントス副領事が参列。猿田会長はじめ地元の住民ら70人とともに慰霊碑に献花し、今後も日米両国の絆を象徴する出来事として語り継ぐことを誓い合った。【中島章隆】

 他に、千葉日報が報道 しています。(省略)