拡大法
  京都・大阪・奈良
 
 2015年8月11日~16日 
2015年8月29日制作
写真は注記以外は実写です
旅行目次


USJのマップ



ユニバーサル・ワンダーランド付近

 2015年8月、近くに住む長男夫婦と孫 3人、私達老夫婦を合わせて7人の大人数で、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン( USJ )・京都・奈良への夏休み観光旅行をした。

 旅行計画と引率は長男に任せ、私達じじばばは付き添いという立場、孫達と6日間も一緒に旅行できるわけだからとても楽しみ。孫達にとって夏休みの楽しい思い出ができるといいですね・・

 孫達の楽しみは、何と言っても USJ だが、父親の影響を受けてか歴史や社会科が好きな小学5年生の孫娘のために、京都・奈良の歴史的な仏閣・国宝といった所も見学する。以下は大まかな計画、孫達の調子を見ながら行動を調整する。


    色の変わる部分をクリッ ク ⇒ その日のページにジャンプ

鹿苑寺 金閣


奈良・興福寺付近
11日 東京駅、夜8時過ぎ発の「のぞみ」で京都着 リーガロイヤルホテル京都 に投宿、そのまま5連泊
12日 朝5時起床、終日、USJ で遊ぶ
13日 昼食後宇治に移動(JR) 平等院 を見学 帰路 琵琶湖 で遊ぶ
14日 観光バス 京都観光 清水寺 三十三間堂 嵐山 金閣 観光
15日 奈良移動(近鉄)、興福寺 東大寺 を見学後 法隆寺 (バス)
16日 午前中 慈照寺 銀閣 を観光、14時半頃のぞみで帰宅

 2015年 8月11日 (火)    リーガロイヤルホテル京都 に到着 

ホテル送迎バス

リーガロイヤルホテル京都
 
 東京駅を「のぞみ131号」で20時10分発に出発。長男の離勤務が予定より遅れたことから、出発に間に合うかどうか心配したが、何とか間に合った。

 これから5連泊する リーガロイヤルホテル京都 に夜遅く到着。駅から出ると京都タワーがお出迎え。ホテルまでは歩いて10分位。

 実は駅までの送迎バス(写真左)が15分おきに駅とホテル間を巡回しているのだが、着いた時はサービス時間外だった。 ホテルは、写真右(翌日撮影)から分かるようにとても大規模、驚いたことに宿泊客の約半分は外国人であった。


   
    
2015年 8月12日 (水)   ユニバーサル・スタジオ・ジャパン ( USJ  


場内のエントランス方向



ハリーポッターエリアに向かう


 朝5時過ぎにホテルを発ってUSJに到着したのは6時半頃だったろうか、2番の入り口ゲートで、携帯椅子を長男から借りて座って9時頃の開場を待った。長男の家族は今回で2回目だから用意万端。
 今日は晴天で朝から蒸し暑い。


 入場待ちの間にリーダー・長男から指令が発せられた。私へは「入場したら即ハリーポッター・エリアの入場整理券をゲットせよ」というもの。


USJの公式ロゴ
 家内は昼食レストランの予約担当。

ユニバーサル・ワンダーランド付近

ハリーポッターエリア入り口
 USJの場合、アトラクションの申込法や手順については、私には正直言って良く分からないことが多い。ネットを見ると様々な攻略法トや案内サイトがあり、その手順や考え方もかなり複雑で、全体を把握した上でうまくスケジューリングしないと効率的でないことが分かる。

 有料パス、それも多種多様な組み合わせが用意されている。例えば、ユニバーサル・エクスプレス・パス7」 の場合、待ち時間を短縮して全部で7つのアトラクションを1回ずつ楽しめるが、大人・子ども・シニア共通の税込み価格で1人あたり ¥6,600~¥9,800 も掛かる。私達は7名のグル-プだから購入は先ず無理。やはり、早朝からゲート前に並び、アトラクションも基本的には並んで待つしかなさそうだ。「エクスプレスパスを使わないで、子供たちが喜ぶアトラクションをいかに多く確保するか・・」を長男は徹底的に研究したようだ。


 ようやく入場。USJに スタジオ・パス(入場券) の事前購入申込みをしたとき返って来たメールに付けられたQRコードをスマホなどで表示し、それをゲートの端末に読み取らせて入場する。紙に印刷したQRコードでもOK。ゲートには 分厚いパンフレット が置いてあるが、顕微鏡持参でないと見えない(?)位の小さな文字で書かれている。
 一方、「USJ公式ガイドアプリ」というスマホ・タブレット用の無料アプリが用意されている。このアプリでは、GPS連動のパークのガイド地図のほか、アトラクションやレストランの紹介、ショーのスケジュールや目当てのアトラクションの待ち時間を調べることができるし、文字も指先で拡大できるから、パンフレットより使えそうだ。


 このように、USJの管制システムは、デジタル化された非常に先進的なものだと感じた。私は、現役時代、IT業界に身を置いていたので何とか対応できるが、一般のジジババでは先ず対応できないだろう。普通の若者でも相当努力しないと時代について行けない恐れもありそうだ。

 我々は9時過ぎの入場だったが、関連ホテルの宿泊客など(?)が8時過ぎに優先入場していた。利益を上げるための高度に洗練されたビジネスモデルの存在が窺える。
 一番人気の乗り物、「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニーの待ち時間をチェックしたら大混雑で、他の予約との関係もあり、当分乗れそうもないことが分かり、空いてくるであろう夜にトライすることになった。この予想は当たりだった。

 ハリーポッターのジェットコースター 「フライト・オ・ザ・ヒッポグリフ は比較的空いていたチャイルド・スイッチ制度などを活用したりして、最終的には各人が複数回乗ることができた。私は2回の恐怖を味わった。実は、私はジェットコースターが大の苦手なのだ、本当に恐ろしい。誰にでも弱点はある。それでも一大決心をして孫たちと一緒に苦しんだ。

 
ホグワーツ城
〔写真はUSJホームページより)

ハリーポッターエリア

ハリーポッター・ポスター
 
妖怪ウオッチ・ザ・リアル 入り口
 
妖怪ウオッチ・ザ・リアル ロゴ
 お昼前、今夏限定の「妖怪ウオッチ・ザ・リアル(動画)」 に「こどもせいりけん」を使い3グループに分かれて入場した。「こどもせいりけん」は今朝の入場早々父親が並んでゲットに成功したレアものである。入り口で子供には リアルタイムで反応する妖怪パット(iPadらしい)と、特製の妖怪ウオッチを貸してくれる。タブレットの地図情報を参考にして、エリア内を巡ったり、戻ったりしながら妖怪を探しやっつけて友達になるという本人参加のゲームである。タブレットには、入場時子供本人の名前を登録するが、それがサーバにも連携され、参加者全員の成果が登録した名前付きで大スクリーンに表示される。2015年夏限定だが好評につき10月12日まで延長決定。
 動画はこちら 妖怪ウオッチ・ザ・リアル'(別の動画)

和食レストラン「彩道」

和風料理セミコース
   お昼は予約の 「彩道」 という和食レストランの2階だった。USJの大きな池・ラグーンが眺められる絶好の位置に席が取ってあった。スタッフが「あそこに 妖怪ウオッチ ジバニャン がいますよ」と指さしてくれた辺を撮ってみた。(右の写真、超拡大写真 は ココ 
 スタッフのサービスも行き届いていており気持よく美味しい昼ごはんを楽しんだ。値段もとても良心的だった。


レストラン窓外の風景

ウォーター・サプライズ・パーティ1

ウォーター・サプライズ・パーティ2
 毎夏開催されてている 「ウォーター・サプライズ・パーテイー」、要するに水ぶっかけ合い大会である。USJによれば、「巨大ウォーター・キャノンからのありえない大噴射、ウォーター・シューターで応戦するはちゃめちゃバトルで、みんなびしょ濡れ、大はしゃぎ」なのである。

 孫達は昨年経験済みで、みんな水着持参だった。私は、上はランニングだけとなり持参のビニル雨合羽で防いだが、それでも全身びしょぬれになった。カメラ・スマホは防雨なので特に問題なし。


 最後は セサミ の クッキー・モンスター と記念撮影をしてお開き。

ハローキティと記念撮影


ハローキティまん~チーズ&ポーク

 次は、孫娘達が親たちと一緒にキティちゃんに会って記念撮影、最後にキティちゃんが、5歳の孫娘をハグしてくれた。孫娘は大喜び。

 右側の写真はキティちゃんのまんじゅうである。本当の名前は「ハローキティまん~チーズ&ポーク」。昨年来た時に食べて余程美味しかったのか、5才の孫娘は、入場したらすぐ親にこれをせがみ朝からウマそうに食べていた。
 中身(餡)に興味があったので調べてみた。ネットの画像(写真は おにぎりフェイス.com からお借りしました)を見ると普通の豚まんの だった。

ハリー・ポッターのダンス1

ハリー・ポッターのダンス2
 段々と日も落ちてきた。夜になったら再度ハリーポッター・エリアに戻ることになっているが、くたびれてきたので私は先にハリーポッター・エリア に行って、ストリート・エンターテイメント(左写真2枚)を楽しんだり ホグワーツ城 を見学したりして時間を潰した。

 小2の孫によれば、この日の歩数計は3万6千步にも達していたそうだ。「足が棒のようになる」というが、最後は鉄の靴を履いたように重く感じた。私の下手なゴルフの大叩きの時でも1万6千步位だから疲れるはずだ。

 夕食はピザ専門レストランで食べた。とても美味しかった。長男の家族は全員ピザが大好きである。夕食後、全員ジュラシック・パークに移動。

「ハリーポッターの
フライトオブザヒッポグリフ」

写真借用先: YASの写真保管庫

「ジュラシックパーク・ライド」
最終ステージ

 次に、小5と小2の孫3人で ジュラシックパーク・ザ・ライド にチャレンジ した。乗ってみて後で分かったことだが、最終ステージには、やはり真っ逆さまに水面に向かって落下する恐怖が用意してあった。外は夜で真っ暗だから、落ちるときは生きた心地がしなかった。これで残り少ない人生の寿命が、さらに1年分くらい縮んだのではなかろうか。一番先頭の座席を確保したのはいいが、着水時大量の水しぶきを浴びたので、下着までずぶ濡れ状態。替えズボンを持ってきて良かった。別のお客のおばさんなどは私の横でスカートを絞っていた。

 ジュラシックパーク・ザ・ライド のアトラクションは次の動画がYouTubeに登録されている。他のアトラクションもほとんど全部 YouTube で見ることができる。

 ジュラシックパーク・ザ・ライドの動画 YouTube

「ハリー・ポッター and フォービドゥン・ジャーニー」USJ・説明書

スパイダーマン・ザ・ライド入り口
 いよいよ本命のハリーポッターのライド「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」 に乗れることになった。私は怖いのでこれも辞退。「夜まで待つ」という戦略は大成功であった。ただし、5歳の孫娘は身長不足で乗車できなかった。その代わり、再度、同じエリア内のジェットコースター「ハリーポッターのフライトオブザヒッポグリフ」を楽しんだザ・フォービドゥン・ジャーニーは、やはりすごかったらしい。ジェットコースターのベテランである小5の孫娘も、さすがに「怖かった」と言っていた。3Dなどの最新の画像・音響技術を応用し、時には、暗闇の中を真っ逆さまに落ちるそうだからそりゃ怖くない訳がない。乗らなくて良かった。
  最後に、子供たちは スパイダーマン・ザ・ライド をトライ。私も誘われたがパスして外で待つ。もう時間も時間だから待ち時間も殆どなく乗れたようだ。 最後まで楽しもうとする執念には驚くほかない。この日は、結局、夜10時まで粘った。本当にお疲れさまでした。


 ハリーポッターのフライトオブザヒッポグリフの動画 YouTube
 ハリー・ポッター and フォービドゥン・ジャーニーの動画 YouTube
 スパイダーマン・ザ・ライドの動画 YouTube
     
USJ リンク集 
 USJアトラクション一覧 (公式)
 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン動画集 YouTube
 ウォーターワールドの動画 YouTube
 バック・トゥ・ザ・フーチャー・ザ・ライドの動画 YouTube
 スペース・ファンタジー・ザ・ライドの動画 YouTube
 JAWS(ジョーズ)の動画  YouTube
 バックドラフトの動画  YouTube
 ターミネーター2:3-Dの動画 YouTube
 未体験のアトラクションがまだいっぱいある。
 今後のために、アトラクションのリスト、現時点でアクセス可能な動画などへのリンクを右欄に記載しておいた。

 大昔のことだが、若い頃、ロスにある元祖の ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド を見学したことがある。その時のアトラクション、例えば、バック・トゥ・ザ・フーチャー、ジョーズ、バックドラフトなどはまだ残っている。
   
    


 2015年 8月13日 (木)    宇治 平等院 

宇治川
平等院1  昨日は、朝5時から夜遅くまでUSJを楽しんだので 全員疲れている。予定通り、朝寝をしてゆっくり午後から宇治市に移動し、平等院などを見学することにした。
 その前に、京都駅のマックで昼食を食べた。不振のマックの経営立て直し策の1つとして、「野菜のメニューを増やした」というが、セットメニューを頼んだら、早速、シャキシャキした野菜サラダが付いてきた。なかなか良い印象である。

 宇治川を見ながら平等院に到着し、有償の内部ツアーに申し込んだ。
 平等院は、もともと藤原道長,頼道の別荘だったが、永承7年(1052)に仏寺に変わり「平等院」の名前がついた。 平等院には国宝の仏像が設置されている。中央の建造物である鳳凰堂に、「阿弥陀如来座像」と「雲中供養菩薩像(52軀)」である。


平等院2

国宝「阿弥陀如来座像」

琵琶湖湖畔にて
 内部ツアーで国宝群を拝んだ。中は撮影禁止だが、池の手前から格子越しに仏様のお顔が良く撮れた。

 小5の孫娘の希望で琵琶湖で遊ぶことになった。 帰路、長男は持参の iPad で検索三昧、「滋賀県の県都、大津駅から湖畔に建つホテルの無料送迎バスで移動」という方法を編み出した。さすがである。湖畔で遊んだ後ホテルでお土産でも見て帰ることにする。
 一番右の写真は、若者の釣り人と孫達が対話している様子。「ブラックバスを釣り写真を撮ったら湖に帰す」のだという。この光景がとても印象に残った。 
   
   
 2015年 8月14日 (金)   観光バス京都観光 清水寺 三十三間堂 嵐山 金閣  

清水寺入り口

清水寺本堂(舞台)
 今日は 定期観光バス・舞妓号 に乗って表記の4箇所を1日観光する 。先ず到着したのは清水寺(きよみずでら(正門、写真左)。清水寺は、京都東山の音羽山の中腹に建つ歴史ある寺院で、平安京遷都よりも古く、延鎮上人により宝亀9年(778年)に開かれたという。

 「清水寺の舞台(本堂、写真右)で有名。崖下からの高さは18m、舞台からは京都市内が一望できる。「音羽の滝」の名水(3種類)も有名で、清水寺の由来でもある。外人の姿が目立つ。


 次にバスは三十三間堂に到着。ウィキペディア(以下 Wiki によれば、

 
三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は、もともと後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂だった。ここには、白河上皇が離宮として建てた法住寺殿があった。その広大な法住寺殿の一画に建てられたのが蓮華王院本堂、今に言う三十三間堂である。、本尊は千手観音で千手観音立像が1,000躯を安置されており、圧巻である。」
 詳細については Wiki を参照されたい。

 バスは嵐山に移動し、ここで昼食をとった。写真は渡月橋である。私は嵐山は初体験なので良い体験になった。Wiki では嵐山を以下のように紹介している。
「嵐山は紅葉の名所だ。日本さくら名所100選に選定されている。平安時代に貴族の別荘地となって以来、京都の代表的な観光地となっている。」 また、春や秋に来てみたいものだ。
 

国宝 三十三間堂

桂川にかかる渡月橋 

金閣

金閣 (寺のポスターを撮影)
 最終目的地、金閣に到着、猛烈に暑く湿度も高い。右の写真はお寺の写真を撮ったもので、雪の金閣も美しいと思った。

 京都おもしろスポット によれば金閣を次のように紹介している。なお、試験で「金閣寺」と書くとバツになるそうだ。鹿苑寺が正解。

 「金閣寺(きんかくじ)と呼ばれていますが正式には鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。金閣寺の歴史を振り返ると古くは鎌倉時代に藤原一族の藤原公経(西園寺公経)(さいおんじきんつね)がこの地に西園寺を建立しました。
鎌倉幕府滅亡後、荒れ果てた西園寺を足利義満が譲り受け、「北山殿(北山第)」と呼ばれる大規模な邸宅を造営しました。邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので義満はここで政治の実権を握りました。」



ホテルで晩餐
呼び物のローストビーフ

私の盛り付けた料理 
 今夜はホテルの豪華な夕食を楽しむ。宿泊客優待のバイキング料理である。全員、それぞれ料理の好みが違うので、大勢の時はバイキングに限る。

 売り物はローストビーフらしい。部屋が暗くなったので横を見ると、ローストビーフをフランベ(Wiki) するらしい。そこをすかさずスマホで撮ったものが左の写真、青い炎が分かりますか?

 私は例によって生ビールを真っ先に注文して飲み物を確保、後はなんでもイイとは言わないが、取り分けた自分用のお皿もこのホームページ用に写真に撮っておいた。

 味は全般的にとても美味しく、品数も非常に多く用意されている。外人客が半分くらい泊まっているから品数も多くなるに違いない。 我々のパーテイーも全員満足したようで良かった。料金もリーゾナブルである。
 
   
 
   
 2015年 8月15日 (土)   奈良観光 興福寺 東大寺 法隆寺 
 旅行も終盤に近づいた。今日は奈良を満喫したい。私は奈良はちょっと立ち寄った程度で、国宝をじっくり 鑑賞した記憶が無い。楽しみである。

 最初は阿修羅像が在わす興福寺を訪問する。近鉄奈良駅から上りのなだらかな坂道を歩く。


 いるいる・・・ 興福寺に着いて目につくのが鹿、鹿、鹿・・・

 子供たちは興奮してはしゃぎまわっている。大変な喜びようだ。 鹿用のせんべいを150円で売っていた。昔は100円だったそうだ。孫達は、最初は怖がってせんべいを道路にばら撒いていたが、段々慣れてきて直接手に持ったまま食べさせることができるようになった。

 ここに掲載した写真はいずれも手渡し段階のものである。リラックスし無我夢中で鹿と遊んでいる。私達、じじばばや、恐らく両親も、子供達のこのような姿を見たいがために旅行に来たのであるから、今回の旅行は大成功である。一番上の孫などは、「奈良に住んで毎日鹿と遊びたい・・」と言い出す始末。


 夏休み中も学習塾や習い事に追われている孫なので、私にはその気持がよく分かるような気がする「これは毎日頑張ったご褒美だよ」と言ってやろうと思った。




 




 鹿と遊んでから興福寺を拝観した。「国宝館」では、阿修羅像を始めとする国宝群をたっぷり鑑賞することができた。阿修羅像は貸し出されることも多いそうなので、今回はラッキーだった。 

 Wiki によれば、興福寺は「南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。」

 
それにしてもすさまじい数の国宝・重文である。1箇所によくぞここまで集めものだ、興福寺のホームページの「国宝」「重要文化財」 にはそのリストが掲示されているこのような歴史的で貴重な文化財が、歴史的に見て幾多の戦火を逃れ、これまで大事に保存・補修されてきたことは奇跡的なことで、日本人として誇るべきことである。

 私としても初めての訪問、とても感激した。来て良かったと思った。

 
国宝 「五重塔」 (興福寺)
 いよいよ「奈良の大仏」が在わす 東大寺 (Wiki) にやってきた。
 入り口の 南大門 では身長8.4mの2人の仁王様(金剛力士像)が出迎えてくれた。2躯の金剛力士 のうち、門に向かって左側が「阿形像(あぎょう、口を開いた像)」で、右側の像が「吽形(うんぎょう、口を閉じた像)像」である。2躯は大仏師・運慶の総指揮のもとに湛慶・快慶:定覚たちグループがわずか69日間で造ったと言われる。

 2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを「阿吽の呼吸」(語源辞典)と言い、仏教界では「宇宙の始まりと終わり」を表しているそうだ。では、2体は宇宙を守護してくれているのだろうか。


 東大寺のホームページでは南大門を次のように紹介している。「もともとあった門は平安時代に大風で倒壊した。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建した。門の高さは基壇上25.46mもあり、わが国最大の山門である。」

 南大門付近の参道まで鹿が来ておりそれもかなりの頭数だ。鹿はヤギと同じようにポロポロした固くて丸い糞をするが、南大門付近の石畳も糞で汚れており結構臭い。体調の悪い鹿もいると見えて、丸くて硬くない糞も見掛けた。東大寺でも困っているらしく、ホームページで「餌をやらないでください」との表示を見掛けた。

 東大寺の大仏殿・金堂まで来た。

 実に巨大で、その存在感にとにかく圧倒される思いである。横に居られた外国のご婦人も感嘆したらしく、英語で エクセレント! と呟いているのがはっきりと聞こえた。
「Wiki 東大寺大仏殿」 によれば、「大仏殿の大きさは、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m」である。

 
(Wiki) 東大寺は、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である さらに、「奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔(推定高さ約70メートル以上)を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座(蓮華座)などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代の18世紀初頭(元禄時代)の再建で、創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、古代から現代に至るまで広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置付けられた。」

 奈良の大仏「国宝・盧遮那仏(るしゃなぶつ)」さんも巨大である。

「像高は14.7メートルである。大仏は『華厳経』に説く盧舎那仏という名の仏である。盧舎那仏は「蓮華蔵世界」(『華厳経』の説く世界観)の中心に位置し、大宇宙の存在そのものを象徴する仏である。(Wiki)」


 実に壮大な建造物を国を上げて造成したため、当時の国家財政を破綻させかねないほどの費用とエネルギーを消費したようである。

国宝 「金剛力士立像」
阿形(あぎょう、口を開いた像)
(国宝 南大門 門に向かって左)



南大門前で鹿と記念撮影


国宝 「東大寺金堂」(大仏殿)


重文 「如意輪観音」(金堂)
 
国宝 「金剛力士立像」
吽形(うんぎょう、口を閉じた像)
(国宝 南大門 門に向かって右)



国宝 「盧舎那仏坐像」(金堂)
(奈良の大仏)

  大仏様の鼻の穴くぐり
 
 
大仏殿の鬼門(北東位置)方向に立つ柱(直径120cm)の下に 30cm×37cm の四角い穴が空いている。当時の宇宙観「陰陽道」の考え方に従い、建物内に流れ込む「邪気」を外に逃すために設けられたという。 穴のサイズは大仏様の鼻と同じで、ここをくぐるとご利益があるというので外国人にも大人気、待ち行列ができるほど。
 
 私達、じじばばは立ち会わなかったが、孫3人も無事穴くぐり体験を済ませたそうだ。

 
  法隆寺 (いかるがの里)

路線バスに1時間余乗って
斑鳩の里(いかるがのさと)に移動、法隆寺に到着した。着いたのが午後4時過ぎだったので、残念ながら「夢殿」を見学する時間的な余裕がなかった。

 それにしても拝観料が高い。全部見ると大人1人で1,500円。国宝や歴史的建造物を維持管理するには相当な費用が掛かることは理解できるが、それにしても高い。今回の大勢での拝観になると相当な出費である。外国に援助する費用があったら、こちらにも回して貰いたいし、寺社の収入は無税であることも庶民的感覚では必ずしも納得できない。


 文句はそれくらいにして、法隆寺について調べてみた。

 「法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)とされる。金堂五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。(Wiki)」

 写真右は西院回廊の柱のエンタシス様式を撮ったものである。注意して見ないと気がつかないが、柱の中央部分が膨らんでいる。これは、ギリシャのパルテノン神殿の大理石の柱に起源を発しているのであろう。

 そういえば、初期の仏像の顔立ちは、目鼻立ちがくっきりとしており、彫りが深く日本人的ではない。私には、時代を経るごとに、次第にアジア人の顔になってきているように思われた。昔の日本も仏教を通じて西欧の影響を受けていることは間違いない。




国宝 「法隆寺 五重塔」
 
回廊のエンタシス柱 

2015年 8月16日 (日)   銀閣 
    慈照寺(銀閣) 

室町幕府8代将軍足利義政鹿苑寺の舎利殿(金閣)を模して造営した楼閣建築である観音殿は銀閣(ぎんかく)、観音殿を含めた寺院全体は銀閣寺(ぎんかくじ)として知られる。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。銀閣は、金閣、飛雲閣西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれる。Wiki




 
私達、じじばばは、疲れたので長男の家族5人だけで午前中の見学に出かけた。したがって写真はなし。13時過ぎに京都駅で落ち合って東京行きの新幹線に乗った。大変お疲れ様でした。