水中考古学    制作:2016年2月10日
改訂:2020年3月01日
  2016年1月28日(木)早朝、4時22分~4時30分、NHK Eテレ東京にて、水中考古学者 井上たかひこ氏による 視点・論点「水中考古学の世界」 を視聴しました。この分野については以前から興味がありましたが、この番組に刺激を受けて本編を立ち上げることにしました。

2020年3月1日追加しました。
 「(動画)未だに解明されていない日本の海底遺跡と水中考古学
 
 井上たかひこ氏(Wiki)は「日本水中考古学調査会」会長として活躍されており、ハーマン号調査の立役者でもあります。


 本編は、一般教養として水中考古学に興味を持った私が作ったページであることをお断りしておきます。テーマの取り上げ方にせよ内容にせよそのレベルであることをご承知下さい。水中考古学は、専門家でなくてもそれなりに人を引き付ける魅力をもった領域であると感じます。

 まず、冒頭で井上氏の ”論点” をご紹介、次いで、水中考古学の魅力やトピックについて調べてみます。例えばハーマン号の調査、元寇船の難破船調査・・といったトピックです。最後に、水中考古学関連のリンク集をまとめてみたいと思います。

本編の内容 (目次) クリックでジャンプ
1.NHK 視点・論点「水中考古学の世界」の番組内容  
2. 水中考古学の魅力
3.ハーマン号の調査
4.水中考古学の2大潮流
5.元寇船の難破船調査
6.アトランティス伝説 
(予定)
7.ジャマイカ島ポート・ロイアル海底都市  
(予定)
1.NHK 視点・論点「水中考古学の世界」の番組内容
 海に沈んだ古代文明、アトランティスやムー大陸の伝説は、いまなお、私たちのロマンや冒険心をかき立ててやみません。世界の海底には・・・ という語りで始まった井上氏の論説は大いに説得力があり私は食い入るように番組に集中しました。

 わずか10分間の短い番組だったので ”水中考古学総論” といった内容。さまざまなポイントを網羅し水中考古学の全体像を短時間で理解することができました。そしてその魅力を知るにつけ詳細をもっと知りたいという私の知的好奇心が高揚しました。

 早朝だったので
視聴者数は少なかったと思いますが、ぜひ見たいというテレビ番組が少なくなっている昨今、より多くの人たちに視て欲しいと思いました。

 「水中考古学の世界」 番組の要旨

 ■ 全世界ではまだ300万もの沈没船が眠っている
 ■ 災害などで沈んだ海底都市が今も手つかずで多く残されていいる
 ■ 「水中考古学」は水中の遺跡から人類の過去の歴史を研究調査する総合的な学際研究
 ■ 世界では水中考古学の実践的研究が盛んに行われ着実かつめざましい成果を上げて いる
 ■ 津波で沈んだジャマイカ島ポート・ロイアル海底都市(大海賊の本拠地)の例
 ■ 日本・長崎県・鷹島沖に沈んだ元寇船の例
 ■ 日本の水中遺跡の数は450以上
 ■ 千葉県房総半島沖に眠る米国の蒸気外輪船ハーマン号の調査
 ■ 水中考古学はまだ若い学問
 ■ 海洋基本法・ユネスコ水中文化遺産保護条約によりま急速に注目を浴び始めている
 ■ 東京海洋大学「海洋考古学」講座を開設、東海大学・海洋文明学科内に講座を開設
 ■ 日本では研究体制が世界に比して貧弱
 ■ 海洋科学技術の進歩による沈没船の探索技術や発掘・保存法が発展中・・
 ■ 有人潜水艇と 遠隔操縦の小型水中ロボットを駆使したタイタニック号の船内探索
 ■ 無人探査機による旧日本軍の戦艦「武蔵」
 ■ 水中調査には地上に比べてより高度で専門的な知識と技術が必要
 ■ まだ謎が多く魅惑的なこの分野で水中考古学が貢献できる

 講演内容は放映後1週間ほど後に書き起こしが行なわれ、書き起こしの内容はNHKの下記サイトで見ることができます。

 
NHK 解説委員室 視点・論点 「水中考古学の世界」

  井上氏は 「水中考古学」(中公新書・800円、初版発行日 2015年10月25日 において水中考古学を論じておられます。副題が「クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで」とあり、中央公論社は本書を次のように紹介しています。

 
水中考古学とは、水面下の遺跡や沈没船を発掘、保存、調査する研究分野である。欧米の研究チームがクレオパトラ宮殿やタイタニック号を発見し、中国・韓国は国を挙げて沈没船調査を行っているが、日本でも一三世紀の元寇船を発掘するなど、毎年のように新たな成果が上がっている。千葉県沖に沈んだ幕末の黒船を発見し、その後も調査を続けている著者が、自身の体験も織り交ぜながら、世界の海の探検と研究に迫る。(引用終わり)

 これは同氏の ”5冊目の一般啓 蒙書” とのことですが、日本経済新聞に、東京海洋大学教授 岩淵 聡文氏の書評 が掲載されています。

 書評の中で岩淵氏は「世界の水中考古学における2つの潮流」を紹介しておられます。1つはユネスコの水中文化遺産保護条約に立脚した路線で、他方は旧来からの伝統を引き継いだ「沈没船こそ水中考古学」という路線です。

 このことを知ると、水中考古学は奥の深い学問であるらしいという印象でますます興味をそそられます。


2.水中考古学の魅力


 水中考古学の魅力は次のような点にあるのではないかと思います。

 ■ 水中考古学はまだ若くこれから発展する学問
 ■ 未知の領域が多く新発見の余地が大きい
 ■ 水中調査は困難性が高く、高度で専門的知識が必要な総合的な学際研究
(井上氏)
 ■ 
海底遺跡は手付かずで盗掘もなく一般に保存状態が良い
 ■ 考古学と同様に歴史的事実の実証確認や新発見ができる
 ■ 学問の領域を越え夢に満ちた冒険の世界でもある
(井上氏)

 水中考古学はまだ若い学問です。1940年代にスキューバと呼ばれる水中呼吸装置が発明されるまでは水中、特に深海の沈没船や遺跡ははほとんど手つかずの状態でした。 歴史的にみて他の学問よりかなり若い学問であることが分かります。また、水中であるがゆえに、一般に沈没船や遺跡は保存状態が良く、盗掘からも逃れています。

 地上の遺跡は昔から相当発掘・研究され、それだけ未知の領域が少なくなっているわけですが、世界中の沈没船が300万隻あると言われ、ほとんどがまだ未着手です。新発見の余地が事実上無限にあると申し上げて差支えないでしょう。

水中考古学で活用される装備・装置

スキューバ
水中呼吸装置

遠隔操縦ロボット
立命館大学 Motion Intelligrence Lab
サイ
トより写真をお借りしました

有人潜水調査艇アルビン号(米海軍)
タイタニック号の潜水調査で有名

カラパイア・サイトより写真をお借りしました

有人深海潜水艇シエナ号(仏)
3人乗りの深海潜水艇

島村英紀が撮ったシリーズ より写真を借用

 今まで手付かず状態だったのは、やはり、海中作業の困難さにあると思われます。水中考古学の発達は、近年のスキューバの発明や、有人・無人水中探査装置やシステムの発達に依るところが多いかと思われますが、人の関心が水中にはあまり向かず、地上や宇宙に向かいがちだったとも言えます。灯台下暗しですね。

 最近、中国初の水中考古調査船が進水という記事(2014年1月26日) に接しました、中国も水中遺跡の研究支援を始めたようで、「海洋国家」の日本もうかうかしておられませんよ。


 中国初の水中考古調査船「中国考古01号」
写真はScience Portal Chiba のサイトからお借りしました

 米国。EU・日本などの先進国が、多額の費用を投じ、競って宇宙探査を行っていますが、それくらいの費用を水中遺跡などに投じていたら、水中考古学は大いに進展していたものと考えられます。宇宙研究は国家的な威信や兵器研究と関連しており、人の興味は、水中より宇宙に向かうだろうというのは私にも理解できます。実は私も宇宙ファンだからです。

 水中考古学の研究手順は陸上での研究と同じです。つまり、沈没船の沈没地点の発見、現場の地図作成、沈殿物の除去、水中絵画、海底写真、垂木を回収、保存処理といった手順で研究を進めます



3.ハーマン号の調査


 戊辰戦争の時、津軽藩の救援に向かう熊本藩士350名を乗せた「ハーマン号」(米蒸気外輪船、郵便船を幕府がチャーター)が、明治2年1月3日未明、房総・勝浦市川津の難所、根中沖で嵐のため難破し205名の熊本藩士と22名の米国乗組員が遭難しました。

 約140年前、房総半島沖で200人以上の熊本藩兵らが犠牲になった「ハーマン号遭難事件」を伝える絵巻物が、熊本市の事件関係者の子孫宅で見つかりました。

 「この事件を記録した絵巻物が発見された」という記事が、2010年12月26日付けの「熊本日日新聞」に出ていたそうです。この件については Yubarimelonの気ままな歴史散歩 のサイトにも詳しい事実が報告されているので御覧ください。


 「藩の国事史料などに事件の記録は残っているが、絵巻の形での記録は県内では見当たらず、研究者らは「事件の当事者が残した記録で、遭難の様子が一目でわかる貴重な史料」としている。
 
 この絵巻は、事件当時、川津周辺の漁民や海女が酷寒の中、夜を徹して救助作業に当たり、米国人乗組員58人を含む約200人を救出。救助に全力を挙げた地元民の模様は、生き残った熊本藩士の話をもとに、詳細な絵巻にしたものである。」
(引用終わり)

 この絵巻物の一部が、「勝浦大好き人間」 さんのサイト に2点記録されているのでご紹介します。

その1

その2

 現時点で確認できていないのですが、「私の先祖がこのハーマン号に熊本藩の藩士として乗船していた」との話が当家に伝わっています。この点については弊ホームページに 「ハーマン号」 というタイトルで記載していますのでよろしかったらアクセス下さい。


熊本藩にチャーターされる前、米国で郵便船として活躍していたと言われるハーマン号の勇姿
熊本県所蔵 「肥後細川藩拾遺 」より写真を転載させて頂きました)

 2011年2月2日、井上たかひこ氏 をリーダーとする日本水中考古学調査会などにより、現在海中に没しているハーマン号を引き上げるプロジェクトが発足しました。このことを、同日、東京新聞は以下のように報じています。これがハーマン号の調査の始まりだと思われます。

 「明治維新直後、旧幕府軍と戦うため官軍がチャーターし、東京・高輪沖を出航後、房総沖で沈没した黒船の発掘調査が来年六月、日本水中考古学調査会と米テキサス農工大によって行われる。蒸気機関や兵器、軍用金などが引き揚げられれば、当時の日米交流などを物語る貴重な歴史的資料となるものと期待される。」 (2011.02.07付け東京新聞) (引用終わり)

 2012年12月28日、読売新聞が「戊辰戦争中に座礁沈没した米国船ハーマン号を勝浦沖で発見」という報道により、井上たかひこ氏を中心とする水中考古学調査会の活動成果が世に知られるようになりました。

 記事内容によれば、「米国で水中考古学を学んでいた井上たかひこさん(69)が1980年代、この事故を知り、91年に帰国後、調査を開始。地元漁協の協力を得て、98年に勝浦市沖合800メートルにある推進10m前後の岩礁で、海藻の森の中にある沈没船を発見した」 (引用終わり)

 先に紹介した井上氏の著書「水中考古学」は、ハーマン号調査プロジェクトの資金集めも刊行の目的の一つだったようです。やはり資金が足りないようです。

 プロジェクトも大変だと思いますが、それでも調査がどのあたりまで進展しているかは気になります。

 現時点では、資金不足のためか本来の目的だった引揚げまでは至ってはおらず、これから相当な期間を必要とする印象です。調べてみると、ハーマン号の錨・食器などが引き上げられた模様です。

 これからが楽しみです。


4.水中考古学の2大潮流


 先に、水中考古学(海中考古学とも)には、次の2つの潮流があるという考え方をご紹介しました。

  ① ユネスコの水中文化遺産保護条約に立脚した路線
  ② 旧来からの伝統を引き継いだ「沈没船こそ水中考古学」という路線


 昔からトレジャーハンターというグループがあり、例えば、難破したスペイン船の金貨を引き揚げた・・
という話は随分見聞きしたものです。

 この考え方では、金貨などをゲット出来たら後は知らない・・という結果になりがちです。遺跡や古跡が放置されたり古跡を引き揚げたが保存への配慮がないために朽ち果ててしまったケースが多々あったようです。

 ユネスコの水中文化遺産保護条約 (Wiki) は、この反省に立ち、沈没船や海底遺跡などの水中文化遺産の保護を目的とて構築されたシステムです。


 当条約の内容を ウィキペディアで は以下のように説明しています。

 世界の海には300万隻の沈没船が沈んでいるといわれる。1960年代以降、スクーバ式潜水の普及とともに水中考古学が盛んになった。同時に遺物の無秩序な引き揚げが問題となる。近年では水中探査技術の発展とともにトレジャーハンターが海洋サルベージを行って沈没船からの組織的な遺物の引き揚げ、オークションなどを利用した大規模な遺物売買が活発になった。トレジャーハンターは科学的調査は行わずに水中文化遺産を破壊して金銭的価値のあるものだけを収集していたため、こうした行為に対する国際的な非難が高まったが、これを規制する国際法は長らく存在しなかった

 1982年に国連海洋法条約が採択され、1994年に発効し、水中文化遺産についても領海内での無断調査の禁止、領海外でも当該文化遺産の起源を有する国への配慮が盛り込まれた。しかし、規制が不十分であったためトレジャーハンターの活動は続けられた。日本では水中文化遺産については文化財保護法の埋蔵文化財に関する規定が適用されるとされるが、明確な規定はない。現行法は領海内でしか適用されず、排他的経済水域や大陸棚における水中文化遺産の保護については特別の定めは存在しない

 こうした問題に対処するため、2001年の第31回ユネスコ総会で水中文化遺産保護条約が採択された。この条約では、少なくとも100年間水中にある文化遺産を水中文化遺産と定義して保護の対象とし、水中文化遺産の商業目的による利用の禁止、保護に関しては現状での保全を優先とすること、専門家による調査の徹底などを定めている。また、領海、排他的経済水域、深海底などの区域ごとに保護措置を規定している

 水中文化遺産保護条約の発効には20か国以上の批准が条件となっており、2008年10月段階で批准国数が規定に達し、2009年1月にユネスコ文化遺産関連の5番目の条約として発効した。しかし、アメリカ合衆国、イギリス、日本などの主要国は批准には至っていない。この理由として、条約が排他的経済水域の管轄権に関して沿岸国に与えている権限が強すぎる点などがあげられている。  (引用終わり)

 一方、「沈没船こそ水中考古学」に関する話題は派手でその数も多いようです。試しに ”トレジャーハンター 水没船”というキーワードで Google 検索をしたら、12,700件もヒットしました。例えば、次のような概要です。

17世紀の沈没船から発見の「宝の山」 - AFPBB News
2015/07/07 - これらの品々は、米国のトレジャーハンター、メル・フィッシャー(Mel Fisher)氏が、沈没したスペイン船「ヌエストラ・セニョラ・デ・ ... 同船はスペインの沈没船としては最もよく知られた存在で、ハリケーンの中を航海中に海底に沈んだ。この嵐で・・

沈没船からお宝ザクザク!現代のトレジャーハンターたち ...
2012/07/23 - 英国の貨物船から引き揚げられた30億の銀塊。なんとそのうち8割が引き揚げたサルベージ会社のものに!お宝をめぐる現代のトレジャーハンター事情について調べてみました・・

沈没船に潜む財宝!トレジャーハンターで一攫千金の夢!
2015/07/31 - トレジャーハンター(Treasure hunter)は、価値のある物品を探し出す探検家、冒険家のこと。海(沈没船・海底遺跡)や山、廃墟、遺跡、砂漠など、主に人の手の入ることのない場所に赴き、遺された「財宝」を探し出す(トレジャーハント、もしくは .・・

埋蔵金の法律知識
そして、財宝がむき出しの場合は6か月以内に、沈没船の中にあった場合は1年以内に遺失者が現れなければ、保管・公告にかかっ ... たまたま掘り出したのであれば、財布を拾ったときと同じ扱いでいいかもしれませんが、私のようなトレジャー・ハンターが、長い・・

何千億円もの価値ある金銀財宝を積んだ307年前の幻の沈没船 ...
2015/12/07 - 発見された船の残骸は、もともとは「サンホセ号」と呼ばれたスペインのガレオン船のもので、この船は多くの人々が追い求めた「究極の沈没船として知られています。究極の沈没船として多くのトレジャーハンターやサルベージ企業に渇望された・・

日本にトレジャーハンターの方はいるのでしょうか?徳川の財宝 ...
日本にトレジャーハンターの方はいるのでしょうか?徳川の財宝やらいろいろな伝説や言い伝えがあうようなのにこのままではもったいないと思います。沈没船や発掘作業を行っている組織があれば教えてください。 補足特に水中に沈んでいる船や航空機の調査・・

史上最も莫大な財宝を積んだ難破船「サンミゲル号」 :日本経済 ...
2015/10/25 - アマチュアのトレジャーハンターたちも沈没船の捜索に貢献した。その中には、2010年、87歳になる女性が娘とダイビング中に、22金製の鳥の形の装飾品を発見した例もある。しかし、沈没した11隻のうち、マリア・ガランテ号、エル・シエルボ号・・

コロンビアが300年前の沈没船発見―金や宝石1兆円強 - WSJ
2015/12/07 - コロンビアは4日、300年前に海底に沈んだガレオン船「サンホセ号」を発見したと発表した。 ... サンホセ号は長年、多くの歴史家やトレジャーハンター(沈没船などから財宝を探す人々)から沈没船の聖杯(見つけるのが困難な至宝)と考えられ ・・

沈没船引き上げ 宝 トレジャーハンター | 水中考古学/船舶・海事 ...
2007/06/03 - 最近何かと話題のトレジャーハンターの動向について、いろいろな情報をもとに集めてみました。 つい先日、Greg Stemm氏が代表のOdyssey Marine社が大西洋で今までにない大量の金貨などを積む沈没船を発見し話題になりました。・・
  (引用終わり)

 トレジャーハンターは米国に多いようです。水中より陸上のトレジャーハンテイングが多いですね。私もよく見ますが、圧倒的に米国の映画が多いという印象です。

 このような国では、遺跡の保護を主眼とするユネスコの立場をなかなか取りにくいかも知れないのでユネスコの水中文化遺産保護条約を米国が批准していないのは分かるような気がしますが、日本も批准していないのはどういうことか理解に苦しみます。


 20カ国以上が批准すれば国際法として認められ、数年以内に20カ国を突破する見込みのようです。そうなれば、従来のトレジャーハンテイングは国際法上違法となります。個人的には早くそのような状況が実現すれば良いと思います。

#p55.元寇船の難破船調査


 2011年の1隻目の元寇船の発見に引き続き、2隻目の元寇船が見つかったことを、最近、2015年7月に朝日新聞が次のように報道しました。

 長崎県松浦市の鷹島沖の海底で、13世紀の鎌倉時代に九州を襲った元寇(げんこう)の遺跡を調査していた琉球大と市教委の研究チームは2日、昨秋見つかった木造沈没船を2隻目の元寇船と断定したと発表した。船の構造や船内や周辺で12~13世紀の中国産陶磁器が確認されたことなどを理由に挙げた。朝日新聞デジタルより引用、動画あり)

 ウィキペディアによると、元寇は、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)およびその属国である高麗王国によって2度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である。1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも。

『蒙古襲来絵詞』
文永の役において、矢が飛び交い、てつはうが炸裂する中を
モンゴル帝国連合軍へ斬り込んでいく竹崎季長と応戦・逃亡する蒙古兵

(写真は ウィキペディア よりお借りしました、クリックで拡大)

 上図の『蒙古襲来絵詞』の説明に出てくるてっぽう(鐵砲)ならぬ「てつはう」は蒙古側の陶器製の炸裂弾です。従来の定説では、「てつはう」は単なる発煙弾であると言われてきましたが、実は殺傷能力のある立派な武器であることが、先の調査で分かりました。これは水中考古学の成果の1つです。

 このことを、NHKの視点・論点「水中考古学の世界」の中で、井上先生はこう述べられています。


 (水中調査の成果として)、炸裂弾「てつはう」が見つかりました。「てつはう」は、直径約一五センチのほぼ球形で、陶器でできています。上部に直径約四センチの、火薬を詰めるための穴があり、破裂時の轟音と火煙で、鎌倉武士を驚ろかせた、当時の最新鋭兵器でした。当初は、元軍が撤退する時に目をくらますもの、とみられていましたが、最近の分析では、内部に小さな鉄片が詰まったものもあり、殺傷能力の高い散弾式武器と判明。これまでの定説をくつがえしています。(引用終わり)