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   スイス・ツアー  2014年12月 制作
2018年1月 改訂
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 2008年7月の夏期休暇が始まる前、私達夫婦は長年の夢であったスイス旅行に出掛けた。阪急交通社主催のスイスツアー「スイス航空の直行便で行く、ベルニナアルプス・マッターホルン・モンブランユングフラウの4大名峰をめぐる感動のスイスゴールデンルート10日間の旅」 という長いキャッチフレーズのツアーである。

 私来夫婦は性格は当然違うが、旅が好きなことでは同じで、ツアーやマイカーなどで国内のあちこちに出かけることが好きである。 
 しかし共稼ぎの私達には一緒に海外に出かけるチャンスはなかなか訪れなかった。
 1984年頃、私はあるプロジェクトの仕事でヨーロッパに単身赴任していた。プロジェクトが無事に完了し、帰国前に家族を呼び寄せ、ヨーロッパ旅行をしながら帰国するという計画を立てたが、寸前で実現できなくなり無念の涙を飲んだことがあった。

 子育ても終わり、2人の子どもたちも社会人となり、それぞれが家庭をもち、孫もできてしばらく経った2007年頃、既に定年・定年延長・退職を終えていた私に続き、妻も定年・定年後の再就職・再就職後の退職という人生の大きな節目を迎え、ようやく夢の実現の可能性が見えてきた。

 行き先は当然スイス、時期は2008年の夏、軽いトレッキングつきのツアーに参加、スイスの名所をひと通りカバーしている・・という条件で色々と探したところ、スイスでは長年の経験をもつ阪急交通社のツアーが良かろう・・ということになった。

 多くの旅行会社には、それぞれ得意・不得意な国があり、スイスは阪急交通社が得意とし、ツアー参加者数でも多くの実績があるのでこの会社のツアーに参加することにした。

 時期は晴天が多い夏、混まない夏休み前のツアーを選び、その年の2月ころだったか、新宿で行われた説明会の会場で夫婦2人分の申し込みを行った。

 
このページは、わが夫婦の終生の夢がついに実現したスイス・ツアーの記録である。
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殆どの写真はクリックして拡大できます。 使い方の説明文 を見る  (写真はすべて実写です) 
ツアーレポート
1日目
7月15日
 出発当日。成田空港、第1ターミナル4階、南ウイングの指定場所に集合した。ビジネスクラスを指定するツアー参加者も数名いたが、私達はエコノミークラス。参加者は40名位である。左の写真は、今回搭乗するスイス航空チューリッヒ直行便 (LX-161)の機体。

 それにしても異常なほどの円安である。2000年頃95円だったユーロは次第に高くなり、2008年7月の出発当時には何と168円に急上昇し、年末には130円に急落したのである。つまり我々は一番悪い円安の時期に出掛けたことになる。まるで我々の旅行を狙い撃ちにしたような為替変動ではないか。旅行中、円安が与えた悪影響を身にしみて体験することになる。

 グローバルな金融筋の都合によるものだろうがそのつけを払うのは常に我々である
2日目
7月16日
 話は一足飛びに飛んでスイスに到着。
ツアー一行は、到着後直ちにバスでサンモリッツに向かい ホテル・オイロパ に投宿。

 翌朝、我々はベルニナアルプス観光を楽しんだ。
当日の朝は昨日に続き快晴であった。ヨーロッパの「快晴」は日本の普通の快晴とは質的に違っている。日本の白っぽい普通の青空とは違い、常に抜けるように青いのである。これはヨーロッパの冷涼な空気の湿度の低さに起因しているのだろう。サンモリッツの年間の晴れ日数が300日を超えるそうだ。それでも「かさかさ」しておらず風景にはしっとり感がある。

 低い湿度といえば、ヨーロッパ、特に、ドイツやチェコ、スロバキアの現地で飲むビールは格別の味がする。旨いのである。これは、冷涼で湿度の低い気候によるもの・・というのが私の持論である。出張から帰国して、同じ銘柄の輸入ビールを「あの味をもう一度」と試してみたがちっとも旨くない。輸入で鮮度が落ちたのかもしれないが、2回試しててみても結果は同じだったので結局国産ビールに戻った。

 写真は、ベルニナ鉄道で行ったベルニナアルプス観光の帰途、トレッキングした際のスナップである。


 これは同じトレッキングで立ち寄った「ハイジの家」。ハイジは無論つくり話だから、ハイジが実際に住んでいたわけではなく何かの撮影に使われたそうだ。中は照明もないので薄暗い。話のタネにはなる。
 
  サンモリッツの中心地に サンモリッツ湖 (JTBのホームページ) がある。そのほとりに佇んでいて目についたホテル、多分「Badrutt's Palace Hotel」であろう。こういうところに住んで見たいものだ。世界中の金持ちが集まるところだからこれも「夢のまた夢」ではあるが・・
 3日目
7月17日
 第3日目である。
サンモリッツ駅始発の 「氷河特急線アルパイン特別車両チャーター便」 に乗り ディセンティス を目指す。年配のスイス人ガイドが就いた。途中、有名な 絶景の ランドヴァッサー橋 を通過(写真はページ冒頭を参照)。
 ディセンティスで氷河特急を降り専用バスに乗り換えた。バスは オーバーアルプ峠フルカ峠 (標高2,436m) を越えるのだが、生憎の雨模様、フルカ峠では濃い霧が出て、切り立った崖に刻んだあまり広くない道路を日光のいろは坂のように曲がりくねってバスが進むので生きた心地がしなかった。

 フルカ峠は007の「ゴールドフィンガー」の有名なシーン・・・父親を殺された娘がここで敵討とばかりに銃でゴールドフィンガーを狙って失敗するシーンのロケ地に選ばれた所である。晴れていれば絶景だったのに惜しい・・・
それにしてもフルカ峠からの 景観は一見の価値がある。フルカトンネルがあるのに、ツアーではわざわざここを通過するには何かの理由があるとは思っていたが、ネットで見た景観 でその理由が理解できた。

 フィーシュ着後、ロープウエイで エッギスホルン展望台 に到着、時折薄日が指す天気に変わっていた。アレッチ氷河 の景観が見事である。後で訪れるユングフラウから発しているアレッチ氷河がここらで終点を迎えるのである。その後ツエルマットに向かい ホテル ヴァリーザーホフ に投宿。
 4日目
7月18日
 第1泊目の宿泊先、「グランドパーク小樽」。

 Wikipedia 
によれば、1999年7月1日、北海道初のヒルトンと して小樽市の築港ヤード跡地の再開発施設であるマイカル小樽(現・ウイングベイ小樽)内に開業した。

 経営的な変遷を経て、2008年秋にシンガポールの高級ホテルチェーン「パークホテルグループ」が施設および運営会社(イシン・ホッカイドウ・オペレーションズ)を買収し、パークホテルとして営業を開始し現在に至っている。

 標準のゲストルームで32m²(スーペリア、デラックス、和室)から。64m²のベイスイート、96m²のエグゼクティブスイート、128m²のプレジデンシャルスイートまで、全296室
4日目
7月18日
 ゴルナーグラート展望台からの眺望。

 写真には全部写っていないが、3つの氷河が合流するさまには圧倒された。河だから当然どこかで合流するわけで「氷河」とは言い得て妙である。

 しみじみと大氷河を見るのは今回が初めてである。今回のツアーでは多くの氷河を楽しむことができるので「氷河ツアー」と称しても良いくらいである。

 氷河の氷は恐らく数百年は経ているから薄汚れている、常に新雪で覆われる頂上付近の真っ白な雪、真っ黒な岩山、薄鼠色の氷河の連なりがとても印象深い。

 ゴルナーグラート鉄道のローテンボーデン駅で下車し下り坂の軽トレッキング(約2km、1時間半) をした。雲がなければ 湖面に映る逆さマッターホルン が見えるのだが運悪く雲に遮られてしまった。

 ただし、目を凝らせばマッターホルンの頂上部分が雲塊の上にほんの少し頭を出していた。気持ちは持ちようで、コップ半分の水を「半分しかない、まだ半分もある」という解釈流でゆけば、私の場合、少しでも見えてラッキー・運がよい・・・と考える、が今回は少々ムリかな・・・。

 トレッキング後、ホテルに戻りツエルマットの市内観光をする。小さい街なので、少し歩くと端に行き着いてしまう。

 市内を走るクルマはすべて電池式である。ツエルマットに入るには手前から電車に乗るしかない。排出ガスをなくするということで、人間の健康にとっても良いことだし、空も抜けるように青かった。排出ガス排除の世界的な流れを最初に実践した都市としても有名である。ただ、実践するためには生活上の多くの犠牲を払わなければならないことも事実であろう。

 山の話から急に話題が変わるが、スイスの物価についてである。スイスの物価は高い、それも、世界一物価高だという人もいるくらいである。

 バスで移動中にスーパーに寄った。旅行中の食事には野菜が少ないので野菜類を補給しようとして色々物色した。オレンジでも食べようかと思って値段を確認したら、中くらいのサイズで何と1個600円もする。輸入品だろうから高くなるとは思うがアホらしくなって買うのはやめた。他の物品やレストランも押しなべて高い。
 ツエルマット市内の有名なビューポイントである橋の上から撮った写真。日本人の旅行者仲間ではこの橋を「日本橋」と呼ぶそうである。

 今日のマッターホルンはまるで「雲を吐く山」と命名したいような光景を見せていた。
明日の早朝には、再びここに立ち朝焼けに染まるマッターホルンを鑑賞する予定である。明日が晴れであることを願って眠った。
翌朝は快晴であった。お陰様で日の出もたっぷり楽しむことができた。日の出の光景は、当サイトのトップページにアニメ化した画像を掲載しているのでご覧あれ。

 今日食べた昼食の不味さったらなく食べられるシロモノではない。抗議の意味でほとんど何も食べずに真っ先に店を出た。他のメンバーも続いて店を出た。スープなどは雑巾の絞り汁のような色と味がした。韓国人が経営する店だが、よほど旅行会社から値切られて腹を立てたか、日本人が憎らしかったのだろう。やることが韓国人らしい。史上最大のユーロ高で、旅行会社が利益確保のために食費を削った・・というのが私の推測である。今回限りのツアー参加者にとっては比較しようがないが、食事のランクを落としたらしいケースが他にもあったので、経費削減に色々と手を尽くしたのだろう。まあ、旅行会社もユーロ高の被害者であることも事実なのである。

 
5日目
7月19日
    
  今日はレマン湖とジュネーブ観光を楽しむ。快晴である。

 レマン湖畔に立つ「ション城」 。

 16世紀、宗教改革者 フランソワーズ・ボニヴァル がこの城に幽閉されたそうである。スイスは宗教改革の本拠地なのだろうか、旅行中に結構遺跡などを見かける。

  レマン湖畔の世界文化遺産「ぶどう園」兼ワインセラーに立ち寄って試飲会を楽しんだ。

 飾り棚の奥に見えるのはレマン湖と「ネスプレッソの本社・工場」である。

 試飲と小さなワイン工場の見学をしたあと、ここのオーナーが世界遺産のここのぶどう園について英語で説明をしてくれた。中世期に教会の修道者が始めたそうで、長い歴史がある。斜面に植わったぶどう園への水やりについて質問したら、「自然の雨とレマン湖が発する蒸気や霧だけで育っていて、水やりはしていない」そうである。

 このあと、バスまでの道のりを散策した。よく晴れた日、レマン湖とぶどう園の緑を見ながらの散策 (ページトップの写真を御覧ください) はとても気分がよろしい。
 散策やトレッキングが多いのもこのツアーの魅力の一つである。

  三日月形のレマン湖の 南西に位置する ジュネーブ 市内観光。レマン湖のこの大噴水は雑誌やネットでよく見かけるが、噴水の高さは140mにも達するという。

 湖畔を散歩しながら宗教改革記念碑、国連地区、花時計などを見てまわった。宗教改革というが、改革で一体何が変わったのだろうか?よく分からない領域である。

 ジュネーブの国連地区には 国際連合 の諸機関等の多くの国際機関 が所在している。

  ジュネーブの市内観光の後バスで80kmの距離を1時間半かけてモンブラン(標高4,810m)の麓街、シャモニーへ移動、ホテル アルピナ の部屋に落ち着いた。ここはもうフランスである。

 夕方だったがホテルの部屋からは 「シャモニー針峰群」 がよく見えた。


 6日目
7月20日
 朝起きたら晴れていた。ホテルの窓からモンブラン方向を見る。ここからはモンブランは手前の山で遮られていて見えない。

 本日は、途中で1回乗り継ぐが、ロープウエイで標高差2,800mを一気に駆け上り、標高3777mのモンブランの頂上駅 エギーユ・デュ・ミディ展望台に到着する。人間技とは思えないほどの難工事であったと聞く。人間とはすごいことをやるものだと感心した。

 出発は早朝。朝方は気流が安定し風も弱く、そしてロープウエイの待ち時間が少ないそうである。ちなみに、このロープウエイはよく風で運航停止になるそうだ。本日は気流も安定しており、我々は運良く30分ほど待つだけで搭乗できた。

 今日の昼はシャモニー市内の日本人が経営する小さな和食屋で久しぶりの日本食を食べた。冷奴がとても美味しくお腹に沁みた。

 6日目
7月20日
 エギーユ・デュ・ミディ展望台 からモンブランを俯瞰している。中腹には巨大なクレバスが口を開けている。

 実は、写真の下の方に豆粒より小さい点が4個、写真中央付近に7~8個写っているのであるが、これは、モンブラン登頂を目指すパーテイーである。写真を拡大して探しててみて欲しいモンブランの雄大さと人間のちっぽけさが第3者の目からよく見える。

 この展望台に行くにはエレベーターに乗るが、エレベータ内の高度計が3804mを示していた。富士山より28mも高いのである。ゴルフの生涯ベストスコアではないが、これは私の「生涯最高高度」である。

 今日は忙しい日になった。モンブラン観光終了後バスでベルン市に移動、市内観光ののち、アイガー・ユングフラウの麓町、インターラーケン・オストに移動、アルプスホルン・ディナーショーを楽しんでからアイガーの町、グリンデルワルドのホテル ロマンティック ホテル シュバイツァーホフ グリンデルワルド に投宿するのである。



  ベルン の町とアーレ川 の眺望。

 2005年の大洪水ではアーレ川が氾濫し、濁流はこの橋を超えたそうである。
 インターラーケンの カジノ・クアザール で体験した 「アルプスホルン・ディナーショー」 である。アルプホルンを吹いている出演者は何と私である。
始めてのホルンゆえ、なかなか音が出ない。お腹に力を入れてようやく一音出たところで舞台を降りた。恥ずかしかったが今はなつかしい思い出である。

 インターラーケン到着前後は激しい夕立であった。このショーの前に、おみやげ店でショッピング、孫娘に時計などを買い込む。

 夜遅くなってバスで グリンデルワルトのホテル ロマンティック ホテル シュバイツァーホフ グリンデルワルド に移動した

 7日目
7月21日
    
 今日は ユングフラウ観光 である。今日のツアーだけ、専属の女性カメラマンが随行し、インタビューしながらビデオを撮影してくれた。編集などをした後で郵送するシステムなのだが参加者のほとんどが申し込んでいた。

 実は彼女が遅刻したため予約した列車に全員が乗れないというハプニングがあった。人生と同じで、何かのトラブルが起きるのが旅行の常であり珍しいことではないから我慢する。まわりの景色がそういう気持ちにさせたのかもしれない。他のツアー参加者も大してクレームをつけていなかった。皆、おうようとした人生の達人である。

 ただし、頂上のスフィンクス展望台での滞在時間が15分位しかなかったのは残念、写真を撮っただけで終わり、自分の目でゆっくりと鑑賞することはかなわなかった。

 写真はユングフラウ・ヨッホ駅の「氷の宮殿」である。


 スフィンクス展望台 での記念撮影。バックが 標高4,158mのユングフラウ、左側のピークが4,107mのメンヒである。登山中は雲が多かったが頂上は見事な快晴である。

 残念だったが、滞在中 アイガー北壁 はガスに包まれており全体を見渡すことはできなかった。仕事でヨーロッパに出掛けた時、電車でグリンデルワルド に晩秋の頃寄ったことがあるが、そのときはアイガー北壁が手に取るようによく展望できた。1枚岩の岸壁は非常に存在感があり圧倒された。

 その時の電車の車窓から見たグリンデルワルト手前付近の紅葉(茶色だが)がとても印象に残っている。



 頂上からは、全長23kmのアレッチ氷河を遥か先の下流まで展望できた雄大な光景である運が良い。3日目の7月17日に エッギスホルン展望台 から見たアレッチ氷河の下流部とつながっていることを考えると、アレッチ氷河の長さ・大きさが分かろうというものだ。

 欧米には高いところから物・事を眺める「俯瞰の思想」というものがある。宗教的な観念のようで、できるだけ神の境地に近づく、あるいは、神がおわします高所から物・事を見ようとするる考え方である。たとえば、教会の尖塔は他の建造物より常に高く、モンブランの高高度の展望台から地上を俯瞰できる。また、Google Earth などは、宇宙から地球を俯瞰でき、自宅の家屋までシームレスでズームアップができる。これなどは「俯瞰思想」を無料のソフトで具現したという意味で画期的である。そもそもこのソフトの発想自体が俯瞰的である。

 この考え方は大局観を育成するという点で優れているのではないか。欧米人が根本的な思想の転換・根本的な発明・改革などの改革の分野で優れているのはこの「俯瞰の思想」からきていると思う。


 
 帰路は アイガーグレッチャー駅 で下車し、クライネシャイデック駅まで約1時間の トレッキング、標高差は259mだそうで問題なし。

 ユングフラウ・メンヒ・アイガー氷河、そして、高山植物などを鑑賞しながらのトレッキングは、一生の思い出になるくらい素晴らしいものだった。このツアーの最大の目玉ではなかろうか。


  トレックも終わり、もうすぐクライネシャイデック駅に着くという地点である。参加者の中には相当な高齢者もおられたが、全員無事でトレックを終えることが出来た、写真は今回の参加者一同(全員ではない)である。

 今回のツアーの問題点のひとつは高地での酸素不足である。念のため酸素ボンベを持参(本当は機内持ち込みは駄目だと思う)したが、私はあまり必要性を感じなかった。

 旅の中盤にもなるとカラダの「高地順応」も機能してきたのかもしれない。

 この頃になると参加者一同はお互いに打ち解け、同じ家族のような雰囲気である。

 このツアーを機に旅行グループを結成したパーテイーもあったそうだ。
 8日目
7月22日
 旅も8日目、終盤である。

 今日の旅も忙しい。8時にはホテルを出てブリエンツ湖クルーズを楽しみながら、ブリエンツ到着、直ちにトートホルン鉄道のSLに乗って頂上駅に向かう。

 ここの展望台からは昨日登ったユングフラウなどの山々が遠望できるはずであったが、雲が多く残念ながらこれはかなわなかった。

 写真はブリエンツ湖クルーズの出発港付近で船上から撮った。

 今回乗ったロートホルン鉄道の超小型蒸気機関車である。整備が行き届いており車体はピカピカ。

 頂上駅の展望台から見た光景。標高は2,244mである。
 雲の向こうにユングフラウなどが見えるはずだった。
 晴れた日の眺めは こちら からどうぞ。

 下の写真は ロートホルン鉄道 の沿線風景。下右の写真では、放牧の牛たちが線路を占拠して通行を妨害している模様です。

 この写真は高山植物で、後で図鑑で調べたら 「ゲンチアナ、和名-黄色りんどう」 という名前のようだ。ロートホルン鉄道 のガタンゴトンと揺れるSLの車窓から撮影した。漢方ではないが、胃腸生薬になる薬草である。

 この薬草の話題からそれるが、ユングフラウ を紹介したサイトをいろいろと探してみたが、庄福BIC さんのサイトが素晴らしいと思った。ぜひご覧あれ。

 ユングフラウ観光を終えた後、出発地のチューリッヒに戻るのであるが、途中、バスはルツエルンに立ち寄り市内観光。

 有名な「 瀕死のライオン像である。
  このツアーもいよいよ最終日となった。この写真は最後の夕食会でさよならパーテイーとなった。

 写真は旅行中いつも一緒に行動したメンバーである。写真の趣味も同じで、どこかの会社の社長さんたちである。帰国後、写真を交換し合った。

9-10日目
7月23~24日日
 9日目はスイス航空の機中泊、そして、10日目の7月24日に成田空港に着陸し、長くて短かったスイスツアーが無事に完結した。

 このツアーの主催者 阪急交通社のホームページ も良くできています。